第34話 天ヶ崎舞羽とかき氷
さて、舞羽と蝶はそれぞれ昼食を食べ、父にお土産を買うと言って物販コーナーに行った母を待つ間、建屋の外にあるベンチでかき氷を食べていた。
「ふーーーーー生き返るっ! 夏はこれに限るねぇ」
「蝶、おじさんみたいだよ」
「だっておいしーんだもーーん。っあー! 頭キーーンってきたー!」
「はしたない…………」
母の話によるとあと1時間もしないうちに東京に着くそうである。ここが最後のサービスエリアとなり、あとはまっすぐ走り続けるのみ。
「あんまり急いで食べてお腹壊さないでよ? もう休憩は無いんだからね」
「わかってるってー」
蝶はそう言いながらもシャクシャクとすごいペースでかき氷を掘り進める。かき氷が好きというよりも、あの頭が痛くなる感覚を求めているのだろう。みるみるうちに無くなっていくかき氷の山を呆れたように見つめながら舞羽はもしゃもしゃストローを動かした。
「でもさ、溶けてなくなるって考えたら時間かけたらまずいと思わない?」
「思わない。頭痛くなるのやだもん」
「お姉ちゃんのぜんぜん減ってないじゃん。もらっていい?」
「ダメ。私はゆっくり食べるの」
「ふーん。手遅れになっても知らないよー」
「そんな簡単に溶けないから大丈夫だよ」
かき氷を守るように背を向けてしまった舞羽に蝶はニヤニヤとした視線を送る。「かき氷はそうかもしれないけど、人間関係はどうだろうね」
「………………」
「嫌われてもいいなんて本当は嘘。いまでも隣に居たいし、突き放す事しかできなかったのを後悔してるんじゃない? ゆう君に謝りたいんじゃないの?」
舞羽は何も言わずにストローを動かし続けた。
「お姉ちゃん! このままじゃダメだってば!」
「…………………」
車の中では喧嘩に発展してまともに話をすることができなかったけれど、やはりうやむやにしてはおけないと蝶は思っていた。
好きだからけじめをつける。好きだからはっきりとお別れを言う。離れ離れになって道を
「ねえ、嫌われたいなんて独りよがりだよ。ゆう君の事が好きなんじゃないの? だったら、こんな未練で束縛させるような真似するんじゃなくて、ちゃんとお別れを言わなきゃ。勇気を出さなきゃダメじゃん!」
「……………………」
「お姉ちゃん!」
しかし、舞羽は何も言わなかった。無言でただかき氷を食べ続けるマシーンであった。
「もういい!」
「……………ふんっ」
蝶がベンチを立っても舞羽は動かなかった。空になったカップをゴミ箱に投げ捨てると、蝶は肩で風を切るようにスタスタとサービスエリア内へ歩いていく。いつまでもくすぶっている姉にしびれを切らしたのだろう。舞羽は、そんな蝶をちらっと見てから、またかき氷を食べ始めた。
夏休みも終わりに近づいているせいか駐車場にはたくさんの車が止まっている。あれらすべてがこれから家に帰る車なのだろうと思うと、舞羽は己が異分子のように思えた。
みんなは帰るのに私は遠くへ行く。知らない土地へ。ゆうのいない場所へ。
舞羽にとってゆうは『居場所』だった。何も我慢しなくていい唯一の場所がゆうの隣だった。
ゆうの隣にはもう戻れない。私に帰る場所は無いのだ。
「お別れなんて言えないよ。言ったら、口に出したら、お別れしなきゃって思っちゃって私は進めなくなっちゃう。お別れしたくなくなっちゃうもん。ゆうの隣を離れたくなくなっちゃうもん。言ったらダメなの。嫌われた方がいい。それで、やっと私も踏ん切りがつくから。お別れを言うくらいなら、嫌われてでも進まなきゃダメなの」
舞羽には殻が必要だった。寂しさと悲しさでグズグズの心を閉じ込める硬い殻が無ければ、舞羽はすぐにでも朝ヶ谷ゆうを頼っていただろう。声を聞きたくなっていただろう。声を聞いてしまったら戻りたくなって、また父と母を困らせてしまうだろう。それを断ち切るための殻が必要なのだった。
舞羽はスマホを取り出すと、ラインを開いて朝ヶ谷ゆうのトーク画面を見つめる。
最後にやり取りをしたのはいつだっただろうか。伝えたいことはラインを使わずとも直接伝えていたのだから、ほとんど開くことすらなかった。
『ズボン、部屋にあった』
『ならよかった』
このやり取りが最後である。ゆうの部屋に侵入し始めた頃のやり取りだ。こんなこともあったなぁ、と舞羽は頬を緩めた。
「自分勝手でごめんね、ゆう。……でも、私、進むから。前に進むから。お願い。応援していて」
朝ヶ谷ゆうからのメッセージは来ていなかった。それがむしろ、舞羽の背中を押すようだった。
「舞羽ーーー、そろそろ行くよーー」
「はーーい!」
舞羽はスマホをしまって声のした方を見る。もう泣いてはいない。
新しい恋をしよう、と思った。依存するのではなく、共に手を取り合う恋を。そうする事で自分は生まれ変わる事が出来るのだ。
舞羽は大きく息を吸い込むと、母と蝶のもとへ駆け寄っていった。
変わらなければ、ダメなのだ。
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