捨ててきたヒロインがもう帰って来た

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「主人公アマリア」


 ありえない。


 私アマリアは、物陰からとある少女を見て、そう思った。


 視線の先には、庇護欲を掻き立てる華奢な少女がいた。


 どこか、人目を惹きつけるような雰囲気がある。


 けれど、その少女はここにいるはずの人間ではないのだ。


 私が確かにこの手で、魔大陸の密林に捨ててきたのに。


 手なずけた魔物の背にのっけて、何時間も移動して、捨ててきたのに。


 私が捨てたあれは、偽物なんかじゃなくて、本物だったのに。


 どうして帰ってこれるのよ!





 乙女ゲーム「ダーク・サバイバル」の世界に転生した私は、日々戦闘訓練をこなしていた。


 剣やら、弓やら、斧やらを駆使して、魔物と戦ったり、人と戦ったりもしている。


 なぜそんな物騒な事をしているのかって?


 それは私が殺し屋組織の人間に生まれてしまったからだ。


 転生するなら、もうちょっとモブやNPCとか、マシな人間に生まれたかったけれど、そうはいかなかったらしい。


 出生ガチャ失敗。


 第二の人生の、衝撃のスタート地点が発覚した後、私は頭を抱えた。


 しかし、だからといって、せっかくのセカンドライフを嘆くばかりで消費していたくはない。


 というか、そればっかりやっていたら、私が組織から切り捨てられる。


 殺し屋組織は実力主義。


 使えない人間はどんどん切り捨てられてしまうから、怠けてなんていたらすぐ処分されてしまうだろう。


 なので生き延びるためには、死に物狂いで鍛えるしかなかった。





 私は幸いにも、前世では体育教師をやっていた。


 なので、体の使い方はよく知っていた。


 だから、体を壊さない程度に程よく筋肉を痛めつけ、筋力を上げたり、反射神経を向上させたりしながら、毎日効率よく身体能力を向上させていった。


 私の体には、それなりの素質があったらしい。


 殺し屋になる素質なんて、複雑だけど。


 数年も訓練を継続すると、結果が出てきた。


 力がめきめき上がって、組織の中でも五本の指に入る実力者になったのだった。


 私に敵う人間は、元から天才だった同僚か、私の指導役だった先生か、組織のトップぐらいなものだ。


 けれど、だからといって油断したりはしない。


 私が転生した乙女ゲームの世界は、ある時期を境に超苛酷になるからだ。


 それは、魔王復活の時期。


 この世界には、そう。魔王という脅威が眠っているのだ。








 この乙女ゲームの世界には、魔王と勇者が存在している。その両者は、何代にもわたって争いあっていた。


 人間側が勝利するのが常だが、たまに魔王側が勝利する事もあるため、油断ならない。


 それでも今まで人間が滅んでいないのは、数の多さと頭を使った工夫してきたからだろう。


 地下に生活空間を作りあげた人間は、魔王たちが暴れまわっている間は息をひそめて地中でやりすごし、力を蓄えてから反撃をするのだ。


 そういった歴史があるため、私達のような闇側の組織が、地下空間をアジトとして使ってしまう事もあるのだが。それは今はおいといて。







 話は戻る。


 転生してから十年が経過した時期、この世界で魔王が復活した。


 その影響、魔物達が活発に活動し始めたため、あちこちで治安が悪化している。


 比例するように殺し屋組織の依頼が増えているのだから、間違いはない。


 本当なら、そんな仕事なんてこなしたくはないのだがーー。


 そうはできない事情があった。


 組織を抜けても、一人で生きていけるだけの力はもう手に入れてはいるが、私はあえてとどまり続けている。


 それは、組織の力を使って、ヒロイン達を強くさせるためだ。






 乙女ゲームのシナリオでは、ヒロインと攻略対象達が、魔王討伐へ立ち上がる。


 彼等が無事に困難を乗り越え、強くなってくれれば、私達は生き延びる事が出来るのだが。


 しかし、どこかでバッドエンドフラグを踏んだり、修練が不十分だった場合は、魔王軍の勝利となってしまい、人間側の生き延びられる確率がかなり低くなってしまうだろう。


 せっかくセカンドライフを得たのだ、そう簡単には死にたくない。


 なので私は、組織の力を使って、便利アイテムを与えたり、秘術の書を与えたり、訓練できそうな僻地にヒロインを放り込んだりする事で、彼等の強化を進める事に決めた。


 やりかたが荒っぽくなってしまうのは、長年組織で働いてきたせいで、思考が染まってしまっているのかもしれない。


 人を物のように利用したり、処分したりするのが日常だったものだから。







 そういうわけで、ヒロインを拉致って魔大陸という、とんでもなくモンスターがいる場所へ捨ててきたのだが。


 なぜか、すぐに帰ってきていた。


 予想できない短期間で、帰ってきていた。


 嘘だと思ったし、夢だと思ったし、変だと思ったが、紛れもない現実だった。


 物陰から窺って確かめた少女の正体は、どこからどう見てもヒロインだった。


 一応、ヒロインは不死という設定で、そう簡単には死なない。


 物語終盤で新たに封印が解かれる、追加敵キャラクター。魔王の分身でないと殺せないことになっているのだが。


 それにしたって、早すぎる。


 原作では確か一年かかって、脱出していたはずなのに。


 ヒロインが元の場所に帰って来たのは、たった一か月後だった。


 一体、どうしてそんな事になってしまったのだろう。







「ヒロイン・ネイン」


 私ネインはどうやら、乙女ゲームの世界のヒロインに転生してしまったらしい。


 前世で好きだったゲームの世界だから嬉しい。


 けれど。


 しかし、喜んではいられない事情があった。


 なぜならその世界はとても苛酷な世界だったからだ。


 魔王と勇者が定期的に戦いあうような世界で、殺伐としている。


 しかも、その世界の歴史の中では、勇者側が負けた事実も存在している。


 乙女ゲームの原作では、私達は勇者側として魔王と戦わなければならないけれど、勝てるだろうか。


 自分達が失敗したら、多くの人が死んだり、不幸になってしまうだなんて。


 私の肩にのしかかる重圧はそうとうなものだった。


 このまま知らんぷりして、自分の身の安全だけを考えていたいいけれど。


 前世の記憶を思い出したタイミングが遅かったせいか、きっちりこの世界の者達となじんだ後だったから。


 見捨てるわけには、いかなくなってしまった。


 だから私は、なくなく強くなるために修行を始める事にした。


 といっても、私は前世では大した事のない人間だ。


 特に体が丈夫だったわけでもないし、何かの大会で記録を出した事もない。


 だから、他の人の手を借りる必要があるだろう。


 誰か師匠になってくれる人はいないだろうか。


 体の動かし方や、効率のいい戦い方などを知っている人とかは。


 そんな事を考えていた時、私は何者かに攫われてしまった。


 家で眠っていた間に。


 次に起きた時は、魔大陸の密林の中だった。


 私をさらった人間は、一体何を考えているのだろう。


 こういった場合、普通なら奴隷にしたり、身代金を要求したりするものなのに。


 しかし、好都合だ。


 魔大陸は、原作でよく知っている場所。モンスターがうようよいる危険な場所だ。


 ここで特訓をすれば、たくさんの経験値や政党経験が手に入るだろう。


 ヒロインが魔大陸に行くイベントは、一応シナリオにもあった事だけれど、どうしてだか発生時期が少し前倒しになっている。


 不思議に思ったが、これを利用しない手はない。


 早く修行すれば、それだけ強くなれるのだから、私はモンスターを倒して少しでも魔王を倒す可能性を上げなければ。








「攻略対象・ゲイブ」


 俺ゲイブはどうやら攻略対象に転生してしまったようだ。


 なぜか分からんが、前世の姉貴がやっていた乙女ゲームの世界に転生してしまっている。


 どうせならNPCとかモブとかに転生して、気ままに恋の行方を眺める観衆になりたかったが、そうはいかないよな。


 思い通りにならないのが人生なんだし。


 なってしまったものはしょうがない。


 俺は攻略対象としてやるべき事を、考えていった。


 とりあえずは。


 ヒロインと出会う事。


 悪役令嬢の悪だくみを阻止する事。


 ああ、あと他に転生者がいないか、確認をとる事も大事だよな。


 この世界は、魔王とかいうおっかない生物がいるみたいだから、皆で協力しないとかなりやばい。


 油断してると、勇者側が負ける可能性があるもんだからなぁ。


 前世でやっていた学校のテストをこなす感覚じゃいけないわけだ。


 そういうわけで、俺はさっそく魔大陸に向かう事にした。


 さっそくで向かう場所じゃない?


 いや、俺の両親わりとそういう所に寛容だし、むしろ進んで背中を押すタイプだから。


 危険な所に行く抵抗感ないんだわ。ぜんぜん。


 幸いにも俺が転生した攻略対象はほどほどに天才だった。


 肉体のスペックがすごく高い。


 だから、ちょっと修行しただけで、みるみる内に強くなってしまった。


 それで、地元周辺の魔物を狩り尽くしてしまったので、相手となる魔物に困っていたのだ。


 ちょうどいいから、魔大陸で暴れておこう。


 そう思って、戦闘を楽しんでいたら、なぜかヒロインのネインと合流してしまった。


 まだそんな時期じゃないのに、変だな。


 でも、まあいいか。


 細かい事を考えるのは後にしよう。そもそも苦手だし。


 きたるべき時に備えて、力はあった方がいいんだから、二人で一緒に修行すればいいんだ。


 ネインも乗り気みたいだし、良い仲間に出会えたな!








「神様」


 うーん、どうしようかの~。


 例の世界。


 どこかの世界にある乙女ゲームを元にして、さくっと作ってみたんじゃが。


 ちょっと人間側の生存難易度が高めじゃなかろうか?


 適当に作った世界とはいえ、バランスはしっかり整えなければならないし~。


 あまりに不均衡だと、他の宇宙に影響を及ぼしてしまうからの~。


 そうじゃ、さくっと別の世界から、いい人間をつれてこよう。


 面倒じゃから、例の乙女ゲームの知識がある奴がよいの~。


 自分で何とかするのは面倒じゃし、人任せにするのが一番じゃろ。



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