通話

『もしもし、どした?』


 浩多さんの声はどこか洞窟にいるみたいに響いていた。


「もしもし……あの、声が響いて聞こえるのですが」

『あ、やっぱり。今お風呂入っててさ』

「え、今入浴中なんですか!?」

『そうだよー』


 驚く私とは違って、浩多さんは呑気だった。


「申し訳ありません。入浴中だとは知らず……掛け直した方がいいですよね」

『別に気にしなくていいよ。頭も体も洗ったし、アニメとか見てゆっくりしようかなって思ってただけだから。で、どうしたの?』

「あ、はい……」


 浩太さんの優しい声が私の胸を締めつける。


「お仕事はどうですか? 慣れましたか?」


 私は何を訪ねているの。

 こんなこと聞きたいわけじゃないのに。


『そうだね。慣れたよ。今新しいこと覚えさせられてるから少し苦戦中だけど、時間の問題かな。愛野さんは大学はどう? 慣れた?』

「はい。友達と言っていいのかわかりませんが、話せる人もできまして、ただ、一人暮らしは未だに慣れないです」

『その話せる人ってさ、前にラインで言ってた金髪の女の子?』

「はい」

『そっかそっか……まぁ、一人暮らしは自分で全部しないといけないからね。忙しいでしょ』

「はい。あと、寂しいです」


 一人でご飯を作って、食べて、お風呂に入って、洗濯して。

 私が一番寂しいと思ってしまう時は、ご飯を食べている時。私が立てる音しかしない部屋が寂しさをより際立てる。


『あー寂しいよね。一人暮らししたことないけど、なんかわかるよ』


 こうして浩多さんの優しい声を聞いていると、寂しさが増してくる。

 そして同時に、会いたいって強く思ってしまう。


「……会いたいです」


 我慢できなかった。

 言ってしまいたかった。

 でも、言った後で我儘だなって後悔してしまった。


『俺も会いたいよ。愛野さんがそのギャルな子に影響されてさ、髪とか派手に染めて、ピアスとか開けて、ギャルっぽくなってないか気になるし』


 冗談で和ませようとしてくれているんだろうな。


「そんなことしたらお母さんに怒られてしまいます」

『はははは、だよね』

「そうですよ」


 はぁ……。

 私、何やってるのかな。


 浩多さんが他の女の人に興味を持ってたらどうしようって思い始めて、それを確かめようとして、でもそんなこと気軽に訊けなくて。

 モヤモヤは残ったまま。


『そろそろ風呂出るわ。手がしわっくちゃになってきたし』

「あ、はい。ではまたです」

『うん。じゃあまた』


 ぷつっと切れる。

 その瞬間、ぶわっと寂しさと虚しさが襲ってきた。


「……会いたいなぁ」


 会って、浩多さんにもう一度好きって伝えたい。

 私は浩多さんのラインのアイコンをしばらく見つめていた。

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