謝罪と

「お邪魔します」


 太陽が西へ沈もうとし始めた頃に女の子は私服姿でやって来た。

 制服以外のスカート姿に、俺は思わずそっちに目が行ってしまった。

 か、可愛い……。

 制服のスカートは見慣れているはずなのに、私服となるとこうも違って見えるのか。

 とにかく可愛くて、目が離せないでいると、女の子から「あの、どうかされましたか?」と言われてしまいハッと我に返った。


「あ、いや、何でも……それより俺の部屋に行こっか」


 リビングだと姉ちゃんが帰って来た時に鉢合わせてしまう恐れがあるからな。


「はい」


 俺の後ろを静かについて来てる女の子。


「まぁ、適当に座ってもらって」


 俺がそう言うと、女の子はスカートを折り曲げて正座した。

 その仕草が何とも可愛くてついつい目で追ってしまう。


「お茶持って来る」

「あ、長居するつもりはないので大丈夫です」

「そっか。じゃあ」


 俺は女の子に対面する形で胡坐をかいて座った。

 それを見ていた女の子は様子を伺うように上目で視線を向けると、ゆっくりと口を開く。


「この前は申し訳ありませんでした」


 そう言ってカーペットに両手をつき、額をくっつける勢いで頭を下げる女の子。

 俺は非常に焦った。

 焦り過ぎてせっかく胡坐をかいていたのに立ち上がってしまうほどに。


「ちょ、ちょっと頭上げな!」

「それはできません。私は浩多さんに当たってしまいました。一方的なことを言ってしまいました」


 女の子は頭を下げたまま言った。


「……気にしなくていいよ。それより、一旦頭上げてくれないかな」

「はい」


 小さく返事した女の子は恐る恐ると頭を上げた。

 俺のことを見上げる女の子の顔はとても悲し気で、心の奥底から申し訳ないと思っているのがひしひしと伝わってくる。

 そんな女の子の目を俺は真っ直ぐ見つめた。


「一つ訊いてもいい?」

「は、はい」


 どこか身構えてるように見える女の子に俺は訊ねる。


「あの時、愛野さんに何が起きてたの?」

「…………」


 俺が知ってもいいのだろうか。

 俯く女の子を見ているとその迷いが浮かんでしまう。

 やっぱり触れるべきではなかったか。


「言えそうになかったら無理しなくていいよ」


 気がつけばそんなことを俺は口走っていた。

 逃げてしまった。

 自分が言ってしまったことは取り消せないのに、何とか逃げようとしてしまった。

 でも、それを救うように女の子が顔を上げて決意したようにこちらを見つめてきた。


「言います。浩多さんにはいずれは言わないといけないことでしたので」

「いずれ言わないといけない?」

「はい。もしかしたら私は転校するかもしれません」

「転校!?」


 まさかまさかだ。

 予想もしていない言葉に思わず声が裏返る。


「ま、まだ決定事項ではないですけど、そうなる可能性があるということです……その、こ、浩太さん顔が、ち、近いです」

「っ! ご、ごめん」


 驚きすぎて女の子に迫っていた。俺は慌てて距離を取る。

 まだ頭の中では転校という言葉がグルグルと回ってる。


「驚かせてしまって申し訳ありません」

「ああ、いや、うん、驚いた……で、どういうこと?」

「この前、お父さんが会いに来てくれたんです。あ、お父さんとは一緒に暮らしてないです」


 別居ということか。

 思えば、この子の口からお父さんの話題が出たことなかったな。


「それで」

「はい。お父さんから一緒に住まないかと言われてまして、もしそうなった場合、遠くに行ってしまうので私は転校しなければなりません」

「ああそう言うこと」


 お父さんと暮らすことになったらそっちに行くから今の学校には通えないと。だから転校するのか。


 でも、と女の子は続ける。膝の上に作った小さな拳を見つめながら。


「お母さんはそれをよく思ってなくて、私は選ばないといけなくて、お父さんのところに行くのか、お母さんのところに居続けるのか……それが私には決められなくて……それに……」


 ギュッと強く拳を握った。


「そんな時に風邪を引いてしまったんです。それで浩多さんに酷いことを……」

「何度も言うけど、俺のことは本当に気にしなくていいよ」

「浩多さんは優しすぎます……もっと怒ってください。私の事を責めてください」

「俺は、優しくないよ。だから怒らないし責めない」


 正確には怒り方がわからないし、責め方もわからない。

 そういうことに慣れているわけではないから。


「それを優しいって言うんです」

「時には怒ることも優しさって言うよ。俺はそれができないからね」


 優しさにも種類がある。

 俺は確かに優しいのかもしれないけど、中途半端な優しさは時として人を苦しめることになる。


「それで愛野さんはどっちにするの」

「う……」


 途端に暗い顔をする。


「さっき決められないって言ってたもんね」

「……はい。でも、今月中には答えを出さないといけません」

「今月って、もう半分もないじゃん」


 こんな短い期間でお母さんかお父さんを選ぶのは酷だ。そもそもどっちの親にするのかを決めること自体おかしいように思える。

 いや、思えるじゃない。明らかにおかしいだろこんなの。


「私もう帰ります。そろそろお母さんが帰って来ますので」

「あ、もうそんな時間か。家まで送るよ」

「それは本当に大丈夫です。お母さんと鉢合わせたらいけませんので」

「そっか。わかった」


 そうして玄関までのお見送りとなった。


「今日はお話を聞いていただきありがとうございました。また明日です」

「また」


 扉がそっと閉められる。

 外から微かに足音が聞こえ、それが徐々に遠ざかって行った。

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