どうして

「落ち着いた……?」


 女の子は小さく頷いた。


「そっか。俺のぽっちゃりボディが役に立って良かったよ」


 冗談半分にそう言ってみたが、女の子は俯いた顔を上げてくれることはなく、ただただ滑ってしまった。


「まぁ、これ以上体調悪くなってもいけないし、寝ときな」

「はい……」


 そんな暗い声で返事なんてされたら帰ろうにも帰れない。

 本当に何があったんだ。

 俺はそれを知ろうとしていいのか。この子は俺に言う気がないように見えるし……。

 考えても無意味だな。

 答えなんて俺に出せるわけがない。


「ふぅ…………愛野さん」


 女の子は俯いたまま。

 それでも俺は続ける。


「前にも言った気がするけど、一人で抱えきれなかったら、俺にも背負わせてな。俺の背中はいつでも空いてるから」

「どうして……浩多さんは私を見捨てないんですか」

「見捨てるわけないでしょ」

「だからどうしてですか」


 顔を上げた女の子は薄っすらと涙を浮かばせていて、戸惑っているようだった。

 

 どうして、か……。

 思えば俺はどうしてこの子に対してこんなに寄り添おうとしているのだろうか。

 好きだから?

 それはあるかもしれない。でも、俺はこの子に相応しくないし。

 じゃあどうして。


 この子と出会ったのって、姉ちゃんがボディーガードをしろって半ば強引に進めてきたからだし。

 放っておけないのはわかってる。

 それだけの理由なのか。


「…………」


 やばい。

 何か言わないと不審がってしまう。

 でも何を言えば……。


 そう考えていると、女の子が口を開く。


「浩多さんは優しいです。私だけじゃなくて、西原さんにも……だから私を見捨てないんです」

「いや、そうじゃ……」


 優しいだけでこんなことしない。

 俺はどうしたい。


「浩多さん、もう大丈夫です。困惑させるつもりはなかったんですけど、結果的に困惑させてしまいました。浩多さん、今までお世話になりました。私のことはもう放っておいてください」

「…………」


 ああ、何だろう。

 急にお世話になりましたとか放っておいてとか、思ってもないようなことをつらつらと。

 もしかしたら本心なのかもしれないけど、そうだとしても、今さらだ。


 俺は初めてこの子に対してムッとしてしまったかもしれない。

 こんな気持ちはダメなのに。こうも一方的に突き放されたら、納得することは到底不可能だ。


「放っておけたらボディーガードなんてとっくに辞めてる。何で愛野さんは気持を隠すの。俺にぶつけてよ」

「わ、わからないんですっ。私、今どんな気持ちなのか、ぐちゃぐちゃでわからないんです」

「じゃあ一つだけ訊かせて。愛野さんは本当に俺に関わって欲しくないの?」

「……ない……」


 声が小さすぎてよく聞き取れなかった。


「ごめん、もう一度言ってくれないかな……」

「ん……ない…です……は…はなれ……離れたく……ない……です……」


 必死に言葉を紡ぐ女の子は苦しそうに胸に手を当てていた。


「それは俺もだよ」

「浩多さんは優しいからです」


 まだそれを言うか。

 優しいなんて自覚してない。というか自覚するものでもないだろう。


「それは違う」

「じゃあどうしてっ」


 迷いに翻弄された顔で迫りくる女の子。

 俺はそんな女の子の目を真っ直ぐ見つめた。


「愛野さんだから。俺が……そ、その……一目惚れした女の子だから……」


 俺は嘘吐きだな。

 相応しくないって諦めていても、心の奥底はずっとこの子のことを好いてる。

 偽っていたのはこの子だけじゃない。俺もそうだった。


 ……はぁ、もうこれ告白じゃんか。


「ひ、一目惚れ……一目惚れ……」


 外気に晒されすぎて体調が悪くなったのか女の子の顔が爆発するんじゃないかと思うくらいに真っ赤に染まった。


「愛野さんもう寝た方がいいよ」


 俺も早く寝たい。

 恥ずかしすぎて頭が破裂しそうだ。


「は、はい……」


 俺に対して小さく頭を下げた女の子はふらふらとした足取りで家の中に入って行った。


「あぁ、勢いで言ってしまったぁー……」


 それから俺は告白だけして返事は貰えず、お預け状態となってしまった。

 俺としてはこのままなかったことにしてほしかったので、都合は良いのだけど。

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