ふらついて
同じ町に住んでいるとはいえ、俺の家からこの子の家までは距離がある。近いわけでもないし、かと言って遠いわけでもない微妙な距離。
道はけっこう単純で一か所曲がるところがあるくらいで、あとは真っ直ぐ歩いて行けば女の子の家に辿り着く。
今さらだけど、わざわざ駅で待ち合わせしなくてもいいような気がしてきた。
まぁ、同じ町に住んでることは割と最近知ったことだし、ほんと今さらだな。
「はぁ……はぁ……」
女の子は相変わらず顔が赤く、息づかいも荒い。
ふらふらとした足取りでたまに俺の方に偏ってくる時がある。その時はそっと肩を持って支えてる。
本当に一人で帰らせなくて良かった。
もしかしたら何もないところで倒れてた可能性だってあった。
「浩多さん……」
「ん?」
女の子は正面を向いたまま、少し掠れた声で俺の名前を呼んだ。
「……私は……どうすればいいのでしょうか……」
「どうすればいい……?」
俺に問いかけたのだろうか。
そう思ってしまうほど心ここにあらずといった声色だった。
思わず訊き返してしまったが、女の子からは特にこれといって反応はなく、再び口を開く気配はない。
「…………」
「…………」
妙な沈黙だった。
俺はこの子が何か喋るのかと待っているが、この子は何かを喋ろうとする素振りは見えない。
「……そう言えば、愛野さんのお母さんって家にいるの?」
ちらっと女の子の様子を伺う。
依然としてぼんやりと正面を向いてるが、俺の声は届いたみたいで口を開いてくれた。
「お母さんはお仕事で家には誰もいないです」
「そっか……」
仕事なら偶然ばったりなんてことは起きないな。
一応俺はこの子とは関わってはいけないことになってるし、こんなところを見られたら完全にアウトだ。イエローカードすらない。
再び沈黙が訪れた。
こういう時、何か気の利いたこととか言えないからな。話し広げるとかそんな高等テクニックは俺にはできない。できていたら今頃は学校に通ってることだろう。
程なくして女の子の家に到着した。
女の子は格子状の門を開け、二段ほどの小さな階段を上り玄関扉の取っ手に手をかけると、静かにこちらへ振り向いた。
「送っていただきありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる女の子。
「別にいいよ。俺が勝手について来ただけだし」
「浩多さん……」
「ん、どした?」
俺は格子状の門の外側に立って首を傾げていると、女の子が玄関扉の取っ手から手を離してふらふらと歩み寄って来た。
そして、何を思ったのか突然、俺のお腹に倒れてきた。
「っ……」
お腹に顔を埋める女の子に、俺はどうすればいいのかわからず、銃口を向けられたように手を挙げて固まってしまってる。
「愛野さん?」
「…………」
女の子から返事はない。
腹筋バキバキではないので、むしろ少しぽっちゃり気味なので弾力があって気持ちいいのだろうか。
というか俺はどうすればいい……?
こういう時、背中でも摩ってあげるべきか。それとも変に刺激しないようにそっと見守っておくのがいいのか。
ただ、女の子から寂しさを感じる。
勘違いかもしれない。思い込みかもしれない。でも、そう感じてしまう。
…………。
俺はゆっくりと手を下ろし、女の子の背中を優しく摩ってみた。
恐る恐る様子を伺うが、嫌がってる素振りは見えなかった。
しばらくして女の子が埋めていた顔を上げてこちらを見上げた。
「申し訳ございません。ふらつきました」
「ああ、ふらついたのね」
とてもふらついたようには見えなかったが。
むしろこの子から寄って来たような。
でもそこを噛み砕くのは野暮だ。
俺は素直に言葉通り受け取ることにした。
「体調は?」
「少しだけ頭がどんよりしてます」
「それは大変だ。早く寝て安静にしないと」
とにかくこの密着は心臓に悪い。
ただでさえ上目で見つめられてドキドキしているというのに、胸が当たって……俺だって意識してしまう。
だというのに、女の子は言ってくる。
「三秒だけ、こうしててもいいですか」
「三秒ね、いいよ」
三秒か。
一、二、三……と心の中で数える。
とっくに三秒は経った。
「あ……んー……」
い、言えない。
三秒経ったよ、なんて水を差すようなこと言えない。だって、顔を埋めてる女の子が可愛すぎて、もあるけど、何より寂しそうなんだ。
親の帰りを待つ子供のように寂しそうで、服をギュッと握ったまま離そうとしない。
女の子の気が済むまで俺はずっと華奢な背中を摩り続けていた。
それから体感的に五分ほど経ったか。
ようやく女の子がスッと静かに離れた。
すぐに俯いてしまったが、一瞬だけ伺えた女の子の顔は相変わらず赤かった。
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