頬に感じた感触
「あ、あの、私はこれを持って来ただけで……」
「いいのいいの」
「ほ、本当に勝手に入っていいのでしょうか」
「大丈夫だって、お姉ちゃんが保証する。むしろ喜ぶよ」
「そうでしょうか……」
「そうだよ」
何だか騒がしいな。
二人の女の人の声がする。
一人は姉ちゃんか? 物凄く聞き覚えのある声だ。
もう一人は……どことなく女の子に似てる気がするけど、まさかな。
もしかしたらまだ夢の中なのかもしれない。思考はぼんやりしているし、体にはイマイチ力が入らない。まだ完全に覚めてないみたいだ。
「こうたー! しほちゃんが来てくれたよー」
姉ちゃんが急に大きな声を出すからびっくりして完全に目が覚めたわ。
でも俺は目を開けなかった。
なぜなら、すぐに姉ちゃんとは違う声が聞こえたからだ。
「ま、まほさんっ、無理に起こさなくても大丈夫ですから」
「そういうわけにはいかないよ。せっかくしほちゃんがお見舞いに来てくれたんだから起こさないと。それにもう夕方。いつまで寝てるんだか」
「私は浩多さんに会いに来たわけではなくて、これを渡してほしかっただけです」
「それは自分の手で渡しな」
「うぅ……」
騒がしい。
というか姉ちゃんと喋ってるのってあの子だよな。ってか、しほ、って姉ちゃんが呼んでるし。
それにお見舞いって聞こえたが……。
あの子とはあんまり顔合わせたくないな。どんな顔していいのかわからん。
でも、姉ちゃんが寝ている振りをしている俺の肩を揺らし始める。
これは意地でも起こすつもりだな。
俺はそれに対抗した。
「まほさん本当に大丈夫ですからっ」
「そう?」
「はい。これを渡しに来ただけですので」
何を渡しに来たんだろうか。
お見舞いって言っていたから、恐らくスポーツドリンクとか栄養ドリンクとかだとは思うけど。
「仕方ないな。それにしてもここまでして起きないとは」
「それだけぐっすり眠ってるんだと思います」
「そうね。そうだ、しほちゃん今ちょっと時間ある?」
「あ、はい、少しだけならあります……?」
「それじゃあ下でちょっと話聞かせてよ」
「は、話しですか?」
「そう、話し。女の子同士で色々と。先に下りてるからねー」
「あ、まほさん、色々って何でしょうか……あ、行ってしまいました……」
ガチャッと扉の閉まる音がしたので、姉ちゃんは女の子を置いてそそくさと下に向かったのだろう。
あまり女の子を困らせるんじゃないよ。
目を閉じていても困り果てているんだろうなってことは手に取るようにわかってしまう。
まだ女の子の気配がする。
そこにいるみたいだ。
気のせいか視線を感じる。目を開けて確かめてみたいが、起きていたことは知られてはならん。これは墓まで持って行くつもりだからな。
「こ、浩多さん……」
っ!
突然名前を呼ばれ、反射的に反応しそうでけっこう危なかった。
油断は禁物だな。
「……やっぱり眠ってるんですね」
ひ、独り言だよな。
もしかして俺が本当は起きてるって知ってる?
いやいや、そんなはずはないか。
狸寝入りには絶対の自信があるからな俺は。中学の時はそうやって過ごしてきたし。
「……昨日は申し訳ありませんでした。私、頭がぐちゃぐちゃしてて、浩多さんに酷いことを言ってしまいました」
それは、気にしなくていいことなんだけど。でも、この子の性格上、気にしちゃうよな。
っていうか、本当に独り言だよね。
「改めてまた謝罪させていただきます。それと、き、昨日のこと、なんですけど…………」
そこまで言うと女の子は途端に静かになってしまった。
昨日のこと、ね。
あぁ、思い出すだけで恥ずかしさが込み上げてくる。
俺は何てことを言ってしまったんだろう。一目惚れした女の子って……もうそれ告白してるじゃん。
でも、あの時は俺が気持ちを隠すわけにはいかなかったからな。
それにしてもなぁ……。
内心で頭を抱えてしまう。
絶対振られる。
いや、もしかしたら告白したことすらなくなるかも。
そうネガティブな気持ちになっていたら、がさごそ、と小さく物音がした。
女の子が動いたのかもしれない。
目を閉じているから詳細はわからないので、恐らくだけど。
「こ、浩多さん……」
また名前を呼ばれたがもちろん俺は反応しなかった。
なんか無視しているみたいで気は引けたが仕方ない。
「眠ってます、よね…………ふぅ……はぁ……」
近くで深呼吸する声が聞こえる。
さっきよりも近い気がする。
何だろう、この変な感じは。
むずがゆいような視線を感じる。
目を開けたい衝動に駆られ、俺はほんの少しだけ開けてみようかと思った。
その瞬間だった。
──ちゅ。
っ!!!!!
頬に柔らかな感触が伝った。
「はっ……わ、私は何をっ……こうたさん、お、起きてませんか……」
ばっちり起きております。
だけど、これはもう絶対に目を開けてはならない状況になってしまったぞ。
頬に感じたこの感触。
初めての感触のはずなのに、これが何の感触なのかハッキリとわかってしまった。
でも、理解が追いつかない。
どうして、まさか。
これって。
そんな俺を他所に女の子はホッと安堵しているようで、小さく「良かったぁ」などと呟いた。
何も良くありませんが。
「そ、それではお大事になさってください。失礼しました」
ガチャッと静かに扉が閉められる。
それから数秒ほど人の気配がしないか様子見した後、ゆっくりと目を開ける。
勉強机に置かれていたビニール袋が目に入る。
ほんの少し透けていて、見えたのはペットボトルの容器が数本と小さな瓶が数本。
頬に手を当てる。
まだ感触が残ってる。
「夢か……」
そう思ってしまうほど、気持ちがほわほわしてる。
下から姉ちゃんの逞しい笑い声が聞こえてくるけど、あんまり耳に入ってこない。
今夜は寝れそうにないぞ。
そして、増々、女の子と顔を合わせにくくなってしまった。
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