お使いの帰り道
最近俺は姉ちゃんのパシリと化してる。
でも、お釣りくれるし、好きなの買っていいって言われたら断れないよね。
それにしても飲み過ぎだ。
本人は晩酌のつもりだろうが、俺からすればやけ酒のように見えて仕方がない。
たまに、大学で何か嫌なことでもあったのかと心配になる時がある。
深夜帯のコンビニは店員を含め人の気配がしない。
レジ横には呼び出しベルが置いてあり、ボタンを押すと奥の方から私服姿の店員さんが出てきた。
姉ちゃんに頼まれていたおつまみ(ピリ辛なスルメ)と俺の明日の朝食(サンドイッチ)を買った。
レジを済ませ、コンビニを出ると後ろから小さく店員さんの「ありがとうございました〜」という抜けたような声が聞こえた。
それから公園を通りかかると、コンビニに行く時には見かけなかった人影があることに気づいた。
俺はすぐに誰だかわかった。
公園に入りベンチに座るその子に近づく。
「こんばんは」
俺がそう言うと女の子はハッと驚いた顔をした。
「こんな時間にどうしたの。もしかして眠れないとか」
冗談で言ったんだけど、女の子は頷いた。
「眠れないです。夜風に当たったら眠れるかと思ったのですが」
「その様子だと増々眠れなくなったみたいだね」
女の子の目はぱっちりと開いていて、少しも眠たそうに見えない。
「やっぱりあのこと」
「はい」
「なるほど……隣座っても?」
「あ、どうぞ」
女の子はお尻を少し浮かせて横にずれると、俺が座れるスペースを作ってくれた。
そこへ俺は腰を落ち着かせた。
「愛野さんのお父さんってどんな人なの」
お母さんとは直接会ったのである程度は知っているつもりだけど、この子のお父さんのことは何一つ知らない。
「お父さんは優しい人です」
「お、優しいのね」
「はい。浩太さんに雰囲気が似てます」
「え、俺?」
「はい」
真っ直ぐこちらを見つめる女の子。お世辞で言ってるとは思えなかった。
「お父さんが漫画家になる夢を応援するって言ってくれたんです」
「いいじゃん」
「でも、それだけで今まで女手一つで育ててくれたお母さんを裏切りたくないんです。お母さんのためにもこのまま頑張って大学に行って、就職して、お母さんを安心させたいんです」
「凄いね、愛野さんは」
「え……」
「俺は親のためにって考えたことないな。だからこうして通信制でぐうたらしてるわけで、就職だってあと一年もすればやって来るのに何にも考えてない」
卒業しても俺は変わらないだろう。変わろうとしなければ。
「だから愛野さんは本当に凄いと思う。自分のことだけじゃなくて、お母さんのことまで考えてさ」
と、隣を見ると女の子は太腿に両手を挟んで何やらモゾモゾしていた。
顔に視線を動かすと、街灯に照らされて薄っすらと赤くなっているのが見えた。
言わないと伝わらないか……。
言うべきは今。
でも、これを言ったら俺はこの日をもって変わらなくちゃいけない。
今のぐうたらな生活なままでは絶対にダメだ。
覚悟を決めろ。
「愛野さん」
「はいっ」
名前を呼んだだけなのに女の子……いや、愛野さんは肩を強張らせて返事した。
そんな愛野さんに俺は震える唇をゆっくりと開けて言葉を紡ぐ。
「愛野さんがどっちに行っても、俺は愛野さんを迎えに行こうと思ってる。あ、その、嫌とかじゃなかったら」
最後ちょっと保険をかけてしまった。
「……嫌なんて、思わないですっ」
前のめりに愛野さんは顔を近づけそう言った。そんな彼女の瞳はほんの少し潤っていた。
「どうして浩多さんは私にそこまでしようとしてくれるんですか」
「それはだって、前にも言ったと思うけど、一目惚れした女の子だし、好きだし」
言ってて物凄く恥ずかしかった。
「っ……に、西原さんとお付き合いしてないんですか」
「え、西原と? してないよ。俺そんなこと言ったっけ?」
どうしてそこで西原が出てくるのかさっぱりわからなかった。
「いえ、前に偶然本屋で浩多さんと西原さんが二人で歩いているところを見かけましたので」
「本屋……あ、あの時か」
まさか。
「もしかして愛野さん男の人と歩いてなかった?」
「え、お父さんと一緒でしたけど……」
「あ~そう言うことか」
「あの、話がよく見えないのですが」
首を傾げる愛野さんに俺はあの日のことを説明する。
「西原が愛野さんらしき人を見かけてね。隣に知らない男の人が居たから誰なんだろうって話をしてたんだよ。まさかお父さんだったとは」
誰だよパ〇活とか言ったの。
実のお父さんじゃん。
「って、話し逸れた。その、えーと……」
どう言っても返事を催促してる感じになるな。
こういう時って何て言えばいいんだ。
いや、別に告白したわけじゃないし……この期に及んで俺はまだそんなことを考えてしまってる。
なんて思っていると、愛野さんが告げる。
「好きです」
「え」
今、何て……。
す、好きって聞こえたような。
疑う俺に愛野さんは真っ直ぐこちらを見つめて再び告げる。
「好きです」
「っ!」
「浩多さんのこと好きです」
何度も告げてくる。
「そ、それ本当」
「嘘でこんなこと言いません……私、浩多さんに一目惚れしたって言われた時、本当は嬉しかったんです」
それは嘘ではない。
明らかに本音だとわかるくらいに、愛野さんの顔は真っ赤に染まっていた。
俺はグッと拳を握った。
愛野さんの気持ちに応えたい。全力で、俺の全てを出し切って。
「必ず、迎えに行く」
それが言葉として表れた結果だ。
「はい。待ってます」
胸元で祈るように両手を握り、愛野さんはそう言ってくれた。
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