未読
既読すらつかないと何だか心配になってくる。
『またね』
いつものように朝の帰りの電車内でそう送り、それから夕方の五時に至るまで既読は付いてない。
遅くてもお昼までには丁寧な文が送られてくるのだが、今日は違った。
別に返信がなかったから何だという話なのだけど、いつもと少し違うことがあると余計なことを考えてしまうのだ。
例えば、痴漢に遭ってるんじゃないかとか、特に今日は寝不足だって言っていたから体調が悪くなったんじゃないかとか、色々と考えてしまう。
「そのうち来るだろ」
返信が来なくても、そのうち既読は付くだろ。
というか既読付かないだけで気になりすぎだ。
乙女か俺は。
何度も何度も既読がついてないかラインを開いて、俺は一体何をしているんだ。別に既読が付こうが付くまいが関係ないじゃないか。
というか、今日一日何もしてないな。
アプリで授業は受けたけど、その後はラインを開いて既読の有無を確認、眠たくなったから寝る、というのを繰り返し。
ふと思うのが、この先のこと。
通信制の高校を卒業しても就職先が見つかるのかどうか。
大学は行く気起きないし、行ったところで夢も目標もなければどうせ辞めることになるだろうし。
「ただいま~」
ベッドに寝転がってボーっと天井を見ていたら、いつの間にか姉ちゃんが帰って来た。
「そっか」
何でこんな早い時間帯に帰って来るんだろうって思ったけど、そう言えば今日バイトないって言ってた。
ベッドから起き上がってリビングに行くと姉ちゃんがコンビニの袋から缶ビールを取り出してるところだった。
「ただいま」
「おかえり。あのさ」
缶ビールを冷蔵庫にしまう姉ちゃんの背中は何だか少し寂しさを覚えた。
まだ恋人ができないのかと。
他人のことを言えた立場ではないが、俺は諦めかけてるから年中無休で彼氏募集中の姉ちゃんとは違う。
「どうした?」
「俺っていつまでボディーガードすればいいの?」
今のところ痴漢されてる様子は見受けられない。
よくされるとのことだったから多少は覚悟していたのだけど、拍子抜け感が否めない。
されないことに越したことはないのはわかってる。
だから、これ以上一緒に居ても意味がないように思えるのだ。
しかし、姉ちゃんは当たり前かのように言い放つ。
「そんなの、示堀ちゃんが納得するまでよ」
「いやそれって」
納得したかどうかなんて本人次第じゃないか。
ひょっとして、あの子が卒業するまで付き合わされるんじゃないだろうな。
その頃には俺はもう高校を卒業してて、どこか知らない変なところで働いてるか、家でぐうたらしてるか……考えてみれば、別に付き合わされても問題はないな。
まぁ、まずあり得ないことだが。
「こうた、すっごい今さらだけど、示堀ちゃんの印象はどうだった? 可愛かったでしょ」
「すごい今さらだ。うん、まぁ、可愛いと思う」
あんまり他人のことを可愛いって言うことなんてないから、口に出すとむずがゆい。
思っても口に出すことなんてないし。
「やっぱそうよね。女の私から見ても可愛いと思うもん。なんかこう愛でたくなっちゃわない?」
「それはわからん」
そう否定はしておいたが、正直わからないこともない。
何と言うか、愛玩動物みたいな子だ。
姉ちゃんは晩御飯がまだだと言うのに冷蔵庫にしまったばかりの缶ビールを取り出して蓋を開けた。
「今から飲むの?」
「もちのろん」
「ほどほどにしてくれよ」
酔った姉ちゃんはウザ絡みしてくるし、相手すると疲れる。
なので俺はそれだけ言って逃げるように部屋に戻った。
その日、結局あの子から既読は付かなかった。
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