遅刻

 遅刻したのは俺じゃない。


 俺は三咲駅には6時50分に到着してる。


「遅いなぁ」


 階段を上ってすぐ横の壁際にあの子がポツンと立っているのだけど、今日はそこに姿はなく、かれこれ20分ほど待っているが、来る気配がしない。


 このままだと学校に間に合わない気がするし、ラインしようかどうか迷ってる。


 未だに既読はつかないし、もしまだ寝てるんだったら連絡して起こすべきか。


 適当に、おはよう、とでも送っておくか。


 ラインを開く。

 同時にスマホがバイブレーションを起こし、女の子からの着信画面に切り替わる。


「もしもし」


 そう言いながらスマホを耳元に近づける。


『あ、浩多さん、申し訳ありません! 今向かってます! 申し訳ありません!』


 物凄い勢いの謝罪の嵐。


「あ、いいよいいよ、慌てないで」


 画面の向こうで走っているのか、はぁはぁはぁ、と荒い気遣いが聞こえる。


「俺は大丈夫だから」

『本当に申し訳ありませんっ』


 俺の声が聞こえてないのか、相当に焦っているのか、ずっと謝ってばかり。

 焦っているのが声だけでも十分に伝わってくる。


『もうすぐ着きますので、申し訳ありませんっ』

「いいよいいよ」


 それから五分後に盛大に息を切らした女の子がやって来た。


「はぁはぁはぁ、申し訳、はぁはぁ、ありませんでした、はぁはぁ」


 俺を見つけた女の子は小走りで近づいたかと思うと、深々と頭を下げた。

 小刻みに肩を上下しているのを見ればここまで全速力で走って来たのがわかる。

 慌てて起きたのか、髪の毛がところどころ跳ねている。


「あの、申し訳ないのですが、今からの電車に乗りたいのですがよろしいでしょうか」

「もちろん」


 小走りでホームに向かい、何とか乗車。そしてすぐに電車が出発した。

 けっこうギリギリだった。


「本当に申し訳ありませんでした。二度とこのようなことがないように努めます」

「ほんと気にしてないから」

「申し訳ありません……」


 こう何度も謝られるとこっちが申し訳なくなる。


 中間考査があるってあっていたから、きっと夜遅くまで勉強していたんだろう。


 駅に着くと女の子は申し訳なさそうに眉をひそめた。


「今日はサンドイッチにしようと思っていたのですが、その、時間がなくて寄れなくて……」

「あ、いいって、気持ちだけで」


 朝食代が浮くのはありがたいけど、毎日はちょっと気が引ける。


「そう言えば、学校間に合う?」


 通信に遅刻なんていう概念はないので、全日制の高校の登校時間なんて把握してない。


「走れば間に合いますので大丈夫です」


 それって逆に走らないと間に合わないってことだ。

 駅から学校までどれくらいの距離があるのか想像もつかないが、まだ息も整ってない中、こっからさらに走るのか。


 気をつけて、という言葉しか思う浮かばず、安っぽいなと思い何も言わないことにした。


 改札を抜けて女の子は走って行った。

 さすがに人が多いので小走り程度だけど、焦っているのが背中越しでもわかった。


 遠目から遅刻しないことを祈るばかりだ。


 


 

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