欠伸

 最近、早寝早起きに慣れてきて、眠たいことに変わりはないけど、最初の頃に比べるとそんなに眠くはない。

 一方で、女の子は今日は少し眠たげだった。


 改札を通って電車に乗り、三駅過ぎた今に至るまで幾度となく欠伸をしていた。

 俺と目が合うと恥ずかしそうに口元を手で隠したけど、その手の中でも欠伸をしてる。


 前の俺みたいに夜更かしでもしているのだろうか。


 そんなことを考えていたら花楓駅に到着した。


「あの、これを……」

「え、あ、いいの?」


 女の子が鞄からおにぎりを二つ取り出して渡してきた。

 一つはこんぶ、もう一つは高菜。

 欲を言えば明太子の方が好きだが、こうして女の子からおにぎりを貰うのって何だか嬉しいな。

 素直にそんなことを思ってしまう。


 でもどうして、昨日に続いて今日も渡してきたのだろうか。

 朝食代が浮くからありがたいけど。

 もしかして今日もお腹空いてると思われてる?

 間違ってはないが、いつもお腹空かせてると思われているのは恥ずかしいな。


「ありがとう」


 今日はお礼を言えた。

 だけど、見れば女の子は眠たそうに欠伸をしていた。

 これ、俺の声聞こえてないな。


「あ、申し訳ありませんっ。はしたないところをお見せしてしまいました」

「ああ、別に……寝不足?」

「はい。もうすぐ中間考査がありますので、その勉強をしてまして、少しだけ眠たいです」

「大変だ」


 寝不足になってまで勉強しようとは思わないな。

 というかそこまで集中力が持たない。

 俺だったらきっとスマホかゲームに目移りして、気づいたら勉強とは関係なく寝不足になってる。

 実際にあったことだし。

 それで自主勉強は向いてないと悟った。


 この子は凄いな、本当に。

 でも、少し心配だ。

 他人事だから心配しやすいのかもしれないけど、こんなに欠伸してるのを見てるとあんまり無理しないでほしいなって思ってしまう。

 ほんと他人事だけどな。


「頑張ってるんだな」

「頑張らないと、いけませんから」

「そっか……まぁ、おにぎりありがと」

「そんな、お礼を言われるほどじゃありませんから。いつも付き添ってくれてますので」

「でも助かる。お腹空いてたから」


 朝食代が浮くとは言えないけど。


「そう言っていただけると幸いです」


 ぺこり、と頭を下げる女の子。


「浩多さんもお勉強頑張ってください」

「あ、ああ」


 勉強って言われても、スマホで専用のアプリから動画見るだけだしな。正直、何も考えなくてもできることだから、頑張る要素はどこにもない。


「愛野さんも頑張って」


 俺が言えることはそれだけだ。

 毎朝一緒に電車に乗るだけで、それ以外はほとんど関係ないしな。


「はい、頑張ります。では、行きます。今日もありがとうございました」


 恒例となりつつある深々と頭を下げられる光景。

 いつものことすぎて注目されるのも少し慣れた気がする。


 頭を上げた後、女の子は欠伸しそうになりながらもそれを必死に我慢して、潤んだ瞳で俺を見上げる。


「お気をつけてください」


 そう言って女の子は背を向け、人混みに消えて行く。

 こんなこといつまで続くんだろう。

 俺が付き添ってから今日まで、痴漢されてる様子は見受けられなかった。よくされるという話だったから、多少は身構えていたんだけど。


 まだ様子見か。

 あれだったら姉ちゃんに訊いてみるか。

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