第21話

「大事な用があるって言うからついて来たのに……大事な用ってまさかこのこと!?」

「俺にとっては大事な用だった」

「……はあ。まったくだね、テツは……」


 放課後、俺は大事な用があると言って、愛菜のことを呼び出していた。愛菜を呼び出して向かった先は、駅前のアイスクリーム屋さんだ。俺は約束通り、愛菜にレギュラーサイズのダブルのアイスを奢り、同じ塩梅で自分の分のアイスも購入し、二人で店内のイートインスペースでアイスを食べていた。


「私、いやなんだけど。痴情のもつれに参戦するの……」

「大丈夫。絶対にそんなことにはならないよ」

「なにその自信。逆に怖いんだけど……」


 父さんがまさか俺の彼女なわけがないので、痴情のもつれに発展するわけもないのだが、相変わらず愛菜にはその誤解が解けてはいなかった。いずれはなんとかしないとは思っているその勘違いだが、いまだにそれを解消する画期的な方法は思いついてはいない。

 一つの解決方法として、俺の口からではなく父の口からも説明してもらうという案も思いついていたが、元々の父を知っている愛菜だ。父の話し方や口調から、愛菜に正体がバレてしまうというリスクが思いついていて、それを行動に移すことはしていなかった。それはほんの僅かなリスクだが、そのリスクさえも俺は許容できなかった。


「そういえばテツの彼女さん、留学生だったんだね」

「……」

「うちのクラスでも、彼女の話題で持ちきりだよ。隣のクラスにきた留学生がありえないくらい可愛いって。私も校内でちらっと見かけたけど、やっぱりとんでもなく別嬪さんだよね。……やっぱりあの子がテツの彼女だってこと、あんまりみんなには言わない方がいいんだよね?」

「……そんなデマを流された日には俺の命はないな」

「またデマとか言って……。でもやっぱり言わない方がいいんだね?」

「その方向で頼む……」


 あれだけ美人だと話題になっている父とカップルだなんて噂が流れたら……どんな目に遭うかなんて想像したくない。愛菜の話を聞く限り、もうすでに父の美貌の噂はクラスを超えているそうだし、全校生徒を敵にしかねないだろう。


「テツも大変だね……」

「いちばん手を焼いてるのは愛菜のことだけどな」

「どういうこと?」


 心の中で言ったつもりの言葉が口に出てしまい、愛菜に怪訝そうな顔をされてしまう。しかしまあ、相手はフラットな愛菜である。いい間違えだと冷静に伝えると、それ以上追及してくることはなかった。


「そういえば、テツのクラスは文化祭の出し物なにになった?」

「……コスプレ喫茶」

「それはまたなんというか、話題性のある出し物になっちゃったね。当然、テツの彼女さんがコスプレ喫茶の看板娘になるんだろうし、文化祭当日、テツのクラスに行列が形成されているのが今から目に浮かぶよ」

「やっぱそうなるよなあ……」


 やはりコスプレ喫茶なんかをやった暁には、とんでもない人が集まってしまうだろう。クラスの男子たち、いいや女子たちも含めクラスメイト全員が父のコスプレ姿を見たいがために終着した、この結果である。今からでも変更を求めたいところであるが、もうすでに決まってしまったことである。滅多なことがない限り、今更変更なんて効くはずがない。


 本当にばやしこが言っていたようになってしまうかもしれないな……。


「どうしたの、怖い顔して。やっぱり彼氏としては心配?」

「…………」


 彼氏じゃないと今すぐに否定したかったが、否定したら否定したで怒られるので、照れて黙っているふりをしているしかなくて。本当にもどかしい。俺はいつまでこのもどかしさを抱えていればいいのだろうか。

 ともかく俺は、話題を変えることにしかできなかった。


「愛菜のクラスは何をやるんだ?」

「うちはアイスフロート屋さんをやることになったよ」

「へえ。そっちも意外と大変そうな出し物になったんだな」

「うん。まあでも私は文化祭委員の仕事の方が忙しいから、クラスの方にはあんまり協力できないんだけどね」

「……文化祭委員?」


 いつもの愛菜の口からは出てこないような単語に、俺は思わずおうむ返しをしてしまう。


「愛菜が文化祭委員に?」

「うん。そんなに驚くこと?」

「ま、まあな」


 愛菜は昔から委員などといった、生徒を代表するような組織に入るようなやつじゃなかった。あまり目立ちたがらないというか、事なかれ主義というか。だからそんな組織に入ったとは驚きで。


「本当は違う子が文化祭委員だったんだけど、その子が部活の出し物で想像以上に忙しくなっちゃったみたいで。それでクラスで代役を探していたから、私が代わってあげたんだ」

「し、仕事は大変じゃないのか?」

「重要な仕事は全部上級生がやってくれるし、緊急の助っ人だからね。そんな大変な仕事は任されないみたい」

「……そうなのか。それにしても思い切った決断をしたんだな」

「——私も変わっていかなくちゃなって思ったの」


 するとおもむろにスマホの着信音が、俺と愛菜の間に流れ始めた。

 俺のスマホを確認しても何も通知がきていなかったので、つまりは愛菜のスマホに着信が来ているということで。


「ごめん、電話だ。ちょっと出てくるね」


 と店を出て行って数十秒後、顔を真っ青にして愛菜が戻ってきた。


「ごめん、テツ! 今日文化祭委員の会議があるの忘れてた! 今すぐ学校に戻るから今日は一緒に帰れない、またね! アイス美味しかった、ありがとう!」


 そうして愛菜は、慌ててアイス屋から飛び出して行ってしまった。

 一緒に帰れないのは寂しかったが、それにしても俺は驚きの連続だった。


 あの真面目でしっかり者の愛菜が、文化祭委員の会議という超重要イベントをすっぽかすなんて。

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