第20話
「僕は、蓮さんの親衛隊を作ろうと思う!」
「何を作るって?」
「親衛隊だ」
「誰の?」
「蓮さんの」
「……」
「……」
「失恋した勢いでついにおかしくなったのか?」
「僕は本気だ!」
「……」
「お、おい! 最後までちゃんと話を聞いていけ!」
俺はとんでもないことを聞いてしまったとその場から逃げようとしたが、またまた恋のパワーで満ちているばやしこに取り押さえられてしまい、強引に話を聞かされる体勢に追い込まれる。
……どれだけ強力なんだよ、恋のパワーは。
「もっと質問とかあるだろう? なんで親衛隊を作るのとか、どういう活動内容を掲げて親衛隊を作るのとか!」
「そんなの興味あるわけな……いたい、痛い! ほんとに痛い! きょ、興味ある! めちゃくちゃ興味ある! 活動内容が知りたくて震えが止まらない!」
「そんなに哲が知りたいって言うなら、部外秘ではあるが教えてあげるよ」
俺のギラリと睨む視線を軽くあしらいつつ、ばやしこは胸を張って計画の全貌を語り始めた。
「蓮さんは圧倒的な美貌を獲得している。それは素晴らしいことで、メリットしかないことのように考えられがちだ。だが、圧倒的な美貌にはたしかにデメリットも存在しているんだ」
「……圧倒的な美貌に、デメリット?」
父の圧倒的な容姿についてはいまさら否定する気も起きない。ショッピングモールへ一緒に出かけた時も、父はその圧倒的な美貌で周囲の客の視線を集めていたし、俺が一番それを理解している。しかしその美貌が引き起こすデメリットについて、俺は具体的なものが想像できなかった。
「圧倒的な美貌のデメリット。——それは必要以上に周囲からの視線を集めてしまうことだ。何をするにしても注目が集まって、そんな視線たちによってその人の行動が制限されてしまう。行動が制限されるだけならまだいい。注目が集まりすぎてしまうことで、蓮さんの身に何か危険が及ぶかもしれない」
「それはいくらなんでも考えすぎじゃないか?」
「そうでもない、具体的に考えてもみて欲しい。例えば、これから二週間後に控える文化祭。文化祭ではクラスや学年を超えて学校中の生徒との交流があるし、在校生以外にも他校生であったり地域の方も来場する。そんな状況の中、とんでもない美少女がいるクラスがあるという噂が広まったらどうなる?」
「興味本位でたくさんの人が教室に押し寄せるな」
「そうだよな。そして人がたくさん集まるところにはいつも、問題が起こる」
そう言われてみると、ばやしこの意見もあながち間違ったものではないような気がしてきた。文化祭で父さんを一目見ようと思ってくる人たちが一目見るだけで立ち去ってくれればいいが、こっそり写真を撮ろうだとか、父さんにお近づきになろうとか考えれば、その場は混乱状態になるに違いない。
まだ文化祭でうちのクラスが何をやるかは決定しないが、出し物次第では何か対策が必要となってくるだろう。まさかその対策を先生たちがやってくれるわけがないし、周りの学生たちも自らの文化祭での役割を全うする手いっぱいだろう。
だからこそそれを誰かがやらなくちゃいけなくて。それこそ親衛隊のような存在がいなければ、何か事件が発生してもおかしくはない。
「蓮さんに、健全で健やかな学生生活を過ごしてもらうため。そのために、僕は蓮さんの親衛隊を作ろうと思うんだ!」
「そうか。頑張ってくれ」
「……? ここは俺の熱意に触発されて、哲が親衛隊を手伝ってくれる流れになるんじゃないの!?」
「ならないよ」
「なぜだ!!」
「俺が中途半端な覚悟でそれに入っても、それこそ足を引っ張るだけだろ?」
「それは重々承知の上だ。それでも僕が哲にこうやって頼み込んでいる理由を、哲だって分かっていないわけじゃないだろう?」
そうばやしこが期待している目で俺を見てくる。
ばやしこが俺に期待していることが分からないほど、俺も鈍感なわけじゃない。
俺には一つ、特技というか能力みたいなものが備わっている。別に瞬間移動とか人の心が読めるとか、そういった超能力的ものではないから安心してくれていい。むしろ地味というか、能力というには呆気ないものである。
俺は、人の悪意を察知することができる。
例えば誰かが誰かに、何か危害を加えようと企てていたり、悪感情を抱いていていたりすれば、どんな人混みの中でもそれにいち早く気が付くことができる。具体的に何をしようとしているのか、何を考えているのかまでは分からないが、悪意とその悪意の程度くらいは推しはかることが可能だ。
これは母親がこの世を去ってから、視線に敏感になって身についた能力だ。人の視線を気にするばかりに、いつしか悪意の視線を見分けることができるようになっていた。しかしこの能力を有用に使えたことは一度もない。むしろこの能力のせいで、なんとなく人間関係を構築するのが億劫になったし、交友関係が狭まってしまった。
ちなみに、ある程度の関係値を築くと、その人の悪意は見えなくなる。実際ここ数年、俺は愛菜やばやしこの悪意については見えていない。この能力のことを知っているのは、ばやしこと愛菜だけだ。
「哲のその、人の悪意を察知できる目があれば、百人力なんだ」
ばやしこの言うことは最もだ。文化祭という不特定多数の人間がわんさか居る状況の中、俺の力は親衛隊の任務でこれ以上なく発揮されることだろう。
「でも、ダメだ」
「なんで」
「どうしてもダメだ」
世の中、知らなくていいことなんてごまんとある。特に人の悪意なんて、知らない方が幸せでいられることがほとんどだ。それを暴くような真似をすることが、どれだけの人の不幸を呼ぶのか、俺は分かっていないわけじゃない。そのリスクを背負って能力を使えるほど、俺には覚悟が定ってない。
たしかに父親のことは心配だ。しかし身内に悪意を向けられて、黙っていられるほど俺は利口じゃないし我慢強くもない。父に向けられるだろう悪意に対して、俺は冷静ではいられないと思う。教室で過ごしている時でさえ、ヤキモキしているというのに。
「分かった。無理強いをするつもりは最初からないんだ。とにかく今日は、僕の決意を知っておいて欲しかった。ただ気が変わったら、いつでも言ってくれ」
「……ああ」
そうして、俺たちは教室へと戻ることにした。
思いの外簡単に、ばやしこは引き下がってくれた。俺に頼み込む前から、俺に断られるかもしれない可能性については考えていたのかもしれない。伊達に長い付き合いじゃないな……。
俺たちが教室へ戻るころには始業時間ギリギリの時間になっていて、まもなく先生が教室にやってきて朝のHRが始まった。
「今日は一時間目の授業を使って、二週間後に控える文化祭についての話し合いをしてもらいます」
うちの学校の文化祭は、今日から二週間後の五月の中旬に行われる。文化祭は二日間かけて開催され、飲食店や出し物など様々な催し物で盛り上がる。俺も去年、入学する前にこの高校の文化祭には訪れていたので、だいたいどんな雰囲気のものであるかはある程度は把握している。
「それでは学級委員を中心に、クラスでの出し物などについて話し合ってください」
そうして始まった話し合い。クラスのみんなで出し物の案について案を出し合って、出た案から多数決で出し物を決めていく事になった。お化け屋敷や演劇、アイスクリーム屋さんやクレープ屋さんまで、クラスメイトたちからは様々なアイデアが挙げられていく。
こんな案を列挙していって、果たして一つの案に絞れるのだろうかと、人事ながらに憂慮していた俺は考え足らずだった。とある生徒が出した案が上がると、クラスメイトたちはその案に固執するようになり……。
「えっと……多数決の結果、うちのクラスの出し物はコスプレ喫茶になりました」
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