第19話

 翌日。流石に父と一緒に学校へ登校するのは気が引けたので、父とは時差登校を敢行し、父には俺が登校する20分前に家を出てもらった。その様はまるで同じ学校へ通う仲の悪い兄弟のようであったし、俺に兄弟がいたらこんな毎日を過ごしていたかもしれないなと思ったりした。


 父の20分後に家を出た俺は無事に学校へと到着し、父が教室でまたクラスメイトたちに囲まれているのを横目で見ながら自分の席へと向かった。どうやら父の人気は衰え知らずのようで、まだまだクラスメイトたちにチヤホヤされる状況は続いていくように思えた。というか、このままずっとあのままのような気がするのは俺だけだろうか。

 そんな父を他所に、俺は朝のHR前の時間を穏やかに教室で過ごそうとしていたのだが——。


「哲、ちょっと付き合ってくれ」


 と、真面目な顔をしたばやしこに手を引かれて、強引に教室から連れ出されてしまった。突然の出来事に俺はなす術なく、それにまだ朝で寝ぼけていて頭があまり回っておらず、そのままされるがままにばやしこに手を引かれていく。

 

 手を引かれながら、回っていない頭で考える。一体、俺に何の用だというのか。ばやしこはこんな強引なことをするやつじゃないはずだ。

 ……もしかしてばやしこのやつ、何か勘付いたか? 自分が惚れている美少女が何やらおじさんくさかったり、美少女と俺の苗字が一緒であることから何かを推測したりすることができたのか? いずれにせよ、俺から言ってやれることなんて何もないのだが。


 やがてばやしこは屋上へと続く階段の踊り場で立ち止まると、周囲に誰もいないかキョロキョロと首を振って確認し、いよいよ口を開いた。


「……なあ、哲。僕は間違ってたよ」

「間違ってた?」

「ああ。昨日家に帰って、冷静に考えて思ったんだ。昨日の僕の行いはあまりに身勝手で、自分のことしか考えていなかったなと」


 ばやしこの昨日の僕の行いとは、ばやしこが昨日行った父への告白のことを言っているのだろう。


「そうか? 女の子に一目惚れをして想いを伝えることは、別に悪いことじゃないように思うけど?」

「たしかに、告白自体には問題がなかった。ただ、タイミングが最悪だった。彼女はうちの学校にやってきたばかりで、不安が多くあったはずだ。そんなデリケートな心理状況の時に僕は想いを伝えてしまって、困らせてしまった。名前も知らない見ず知らずの人間からの想いなんて、迷惑極まりないものなのに……」


 ばやしこは考えすぎとも思ったが、そうは伝えなかった。一晩考えてばやしこがそう思ったのなら、ばやしこのその考えを安易に否定するべきではないと思ったのだ。一方で父がそんなデリケートな感情を抱いていたかと問われれば、首を傾げざる負えないが。


「それで? 謝りにでもいくのか?」

「いいや、いかない」

「いかないのか」

「ああ。これ以上、彼女の心の負担になりたくないからな。僕が謝りに行くことで、また彼女に気を使わせてしまうことになる。彼女にはなるたけ健やかに学園生活を過ごしてほしいと思っているし、早くクラスメイトたちと馴染んで欲しい。だからこそ、僕から彼女に接触しようとすることはしない」


 果たして、一目惚れで人はここまで人を想いやれてしまうものなのか。僕は一目惚れをしたことがないのでその感覚は分からないが、これが俗にいう恋のパワーというものなのだろう。恐るべしである。


「それなら、なんで俺をここに呼び出したんだ」

「この僕の決意を誰かに聞いておいて欲しかったのと、僕の新たな計画を哲には話しておきたかったからだ」

「……計画?」


 計画と聞いて、なんだか嫌な予感がしたし、そこはかとなく面倒くさそうなことに巻き込まれそうな気がする。だいたいいつもオタクなことしか言わないばやしこがこんな真面目な話を俺にしている時点で、怪しいのだ。


「分かった! ばやしこの決意とやらは俺の心にちゃんと刻んだぜ! 計画とやらも頑張ってくれ! 陰ながらではあるが応援させてもらうから!」

「おい! どこに行くんだ。ここまできたら最後まで聞いてくれよ」

「やだよ、どうせ手伝ってくれとか言うじゃん」

「言わない! 言わないよ。ちょっと話を聞いてくれるだけでいいからさ、それでたまーに協力してくれるだけでいいからさ……」

「協力って言った! いま協力って言った!」


 と騒ぎながら、俺はひっそりと逃げ出そうとするが、ばやしこは必死に俺のことを押さえつけてくる。普段なら俺とばやしこは五分五分の力関係なのだが、恋のパワーがばやしこに働いているのか、呆気なく俺はばやしこに取り押さえられてしまう。抵抗しようとすると強烈な痛みが我が身を襲うので、仕方なく大人しくすることしかできなくて。


 そして俺を取り押さえたばやしこは、声高らかに叫んだ。


「僕は、蓮さんの親衛隊を作ろうと思う!」



 

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