第18話

「……父さん、マジで何やってんの?」


 帰宅後、俺は食卓にて父さんを問い詰めていた。


「なんで学校に来てたわけ?」

「い、いやあ……暇だったっていうか……」

「暇だったら大人も学校来ていいんだ?」

「す、すまん。冗談を言う雰囲気ではなかったな。……怒ってるか?」

「……怒ってるっていうかなんていうか、急に来たらびっくりするじゃん。父親が同級生として学校に来るなんて、夢にも思わないじゃん」

「そ、そうだよな……」


 俺がキツく父を詰めると、父親はしょんぼりとしてしまった。美少女のしょんぼりとした姿もまた美しかったが、やはり美少女は笑っている顔が一番で。まあまさか父が邪な気持ちで学校に転校してきたわけないだろうし、仕方がない。少しくらい話を聞いてあげてもいいか……。


「それで、なんで学校に来てたわけ?」


 そうして父に詳しく話を聞いてみると、突然に転校してきたのは意外にもまともな理由があったようだった。

 

 父の見た目はただでさえ目を引くものだ。ひとたび外へ出かければ一瞬にして周囲の注目の的となり、多くの人の印象に強く残ってしまう。そんな強烈なインパクトを持つ少女が平日の昼間に買い物へ出ていたり、家に引き篭もって学校や会社へ行く様子がなかったりすると、どうなるか。

 近所の人の噂になったりして、最悪の場合、事件性があると勘違いされ通報されてしまうといった事態が考えられる。通報されてしまい警察沙汰になれば、身元の証明できない美少女が不審者として断定されてしまうのは時間の問題であろう。だからなんとしても、その状況は避けなくちゃならなくて。


 何か隠し事をしたい時には大胆に、なんてことわざはないけれど、何かを隠そう隠そうとするとかえって、人の関心を集めてしまうものだ。だから思考を変えて、転校生として身分を偽って学校に通うことにしたそうだ。その手続きは、美少女化の薬を作った人物がすべて執り行ってくれたそうで……本当に一体何者なんだその人は。


「——まさかテツと同級生になってしまうとは私も思っていなかったが、そういうわけだ。事後報告になってしまったのは申し訳ない」

「そういうわけだったのか。なら事前に言っておいてくれれば……って、もしかして意図的に事後報告にした? 先に既成事実を作ってしまって、俺が反対しづらい状況を作ったとか?」


 その俺の追求に、父は気まずそうに頷いた。

 ……本当に素直すぎるな、この人は。


「私が学校に通うと言ったら、絶対に哲には反対されるだろうと思っていた。しかしこのまま過ごしていくのもかえって、哲を危険な目に合わせることになるんじゃないかと思って……」

「その想いの間で葛藤していたんだ」

「簡単に言えば、そういうことだ」


 たしかに事前に父が同級生になることを知らされていたら、俺は絶対に反対していたことだろう。父親が同級生になると言い出して、逆に反対しない息子の方がおかしいと思う。


 しかし、今更反対するわけにもいかない。

 父は留学生として学校やクラスに受け入れられてしまったし、父の身分の証明も学校に通っていれば心配ないだろう。つまりもう外堀は埋められてしまっていて、あとは俺が頷くだけで事態がすべて丸く収まるのだ。俺が首を横にふれば、色々と面倒臭い事態が待ち受けることになるだろう。

 こないだ出かけた時も思ったが、父はなんだかんだ言って策士な部分があるよな……。


「…………分かった」

「本当か!? 許してくれるか!」

「別に許したわけじゃないけど……。事情が分からないわけじゃないし。それに学校では父さんと無理に話すこともないんでしょ?」

「まあ、そうだな」

「ならいいよ。今日の感じが続くなら、別に父さんがうちのクラスにやってきても、俺の生活に支障は出なさそうじゃん」


 父にクラスでの古尾谷という座を奪われてしまったのは屈辱であったが、それもまた父の圧倒的な美貌の前ではしょうがないと諦めがついていて。それに今日の調子であれば、学校で父と過剰に関わることもなく、俺はこれまでのまま平穏に過ごせていけそうだった。


 なら今回に関しては、俺が素直に首を縦に振ろう。ここで首を横に振るのは得策じゃない気がするしな……。

 俺は父を同級生としてクラスに迎えるマインドをなんとか生成しようとしていたが、そういえばもう一つ、今日はとんでもないことがクラスで起こっていたな……。それについても父を問い詰めなければならなかった。


「それで……どうするんだ、ばやしこのこと」

「……ばやしこ? ああ、小林くんのことか。どうするもなにも、彼の気持ちに私が応えることはできないよ。クラスメイト全員の前で、堂々と想いを伝えてくれた彼の誠意は十分に伝わってきたが、それに応じることはやっぱりできない。私は、母さん一筋であるからな。彼は哲の友達なのか?」

「……一応、中学からの」

「そうか」


 今のところ、体が性転換しても父の心の変化は見られないようだった。だからばやしこの想いが父に届くことはほぼありえないということで。想いが届いたら届いたで、ばやしこが俺の新しいお父さん? になるわけで、それはそれで困る。


 しかしばやしこの友人としては心が痛い。今までずっと二次元にしか興味を抱いてこなかったばやしこが、やっと興味を持てた三次元の女の子の正体がおじさんだったのだ。実に不憫でならない。だが、こればっかりは俺の力ではどうしてやることもできなくて。


「無責任な言い方になってしまうかもしれないが、時間が解決することもある。人の色恋沙汰はデリケートで繊細な話題であるからな。下手に小細工や策を企てて人の気持ちを操ろうとしても、大抵は事態を悪化する事態になってしまう」

「それは経験則による考え?」

「……ああ、経験則による考えでだ」


 具体的にどのような経験があるのか聞いてみたかったが、よく考えてみれば父の恋愛話など微塵も興味がなかった。


 何か対策を打ちたくなる気持ちもあったが、ここは先人の知恵に従っておくべきか。父が俺よりも長く生きているのは紛れもない事実であるし、そういった経験が俺より多いのも間違いではないだろうから。

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