第17話
「えー、古尾谷さんってどこの国の出身なの? 日本語上手だね!」
「ねえねえ、蓮ちゃんって呼んでもいい? いいよね?」
「綺麗な銀髪に綺麗な瞳の色だね! 本当にお人形さんみたい〜」
朝のHRが終わると早々に、父はクラスメイトの女子たちに囲まれていた。クラスの男子たちもそれに加わりたい様子だったが、女子たちの無言の圧によってその輪に加わることができず、男子たちはその会話に耳を澄ませることしかできなくて。
「私の出身はヨーロッパの方だ。母が日本人なので、それで日本語は流暢に話せるようになった。私のことはなんと呼んでくれても構わないよ。君たちの名前もぜひ教えてくれ。ありがとう。容姿のことを褒められる機会はあまりないので、そう言ってもらえると素直に嬉しい」
父がそう話すと、女子たちからはまた黄色い歓声があがった。
その美しい外見には似合わない話し方がギャップとして受けたのか、とにかくチヤホヤされていた。そうやってチヤホヤされていることに、父も満更ではない様子で……いや本当に何やってんだよ。
ちなみに自己紹介で言っていた古尾谷 蓮という名前は父の本名である。
どうやら父には偽名を使うつもりはないようで、したがって古尾谷という苗字が俺と完全に一致してしまっていた。だが、俺と父の関係について騒つく生徒は一人もいなかった。それは俺があまりにもクラスで空気すぎるのか、それとも同じ古尾谷でも騒つくまでもないほどに俺と父の間に格差がありすぎるのか。どちらにしろ真実は暴かない方が、俺の心の平穏は保たれることだろう。
「ねえねえ、古尾谷さん。古尾谷さんの故郷の国の話聞いてみたいな」
「蓮ちゃん。あとで学校案内してあげるね!」
「古尾谷さん肌も綺麗だよね〜、何かお手入れとかしてるの?」
どうやら完全に、クラスでの古尾谷の座を父に持っていかれてしまったようだった。まあ、もともと父と張り合うような無謀なことをしようとも思ってなかったが。しかし一体なぜ、父はこの学校に入学などしてきたのだろう。正直、リスクしか思い当たらない。
父が自己紹介をしているときに一度だけ父と目が合い、追及するような視線を送ったが、すぐに目線を逸らされた。事前に父から学校に入学してくるなどという説明はなかったし、本当に突然のことすぎてどうしたらいいのか分からない。そんな状況下でもとにかく、父を問い詰めなくてはいけないのは、明白で。
しかしクラスメイトに囲まれているあの様子じゃ、休み時間に父を呼び出して話すというのは無理だろう。初対面であるはずの俺がいきなり父を呼び出すのは不自然が過ぎる。なので詳しいことを父に問い詰めるのは家に帰ってからにしよう。
なんて考えていると、前の席のやつが僅かに震えているのが目に入った。
「どうした、ばやしこ。寒いのか?」
「…………」
「おーい。ばやしこ?」
「哲」
「なんだよ」
「僕、古尾谷さんに告白するよ」
「は? 俺に告白? 何言ってんだよ、お前にはそっちの気があったのかよ」
そう言いながらも、いま自分が口にしたことに俺自身が違和感を感じた。ばやしこはいつも俺のことを哲と呼ぶし、古尾谷さんなんて他人行儀な呼び方はしない。ばやしこの言動に違和感がある。
それにばやしこは先ほどから、ある一点をじっと見つめそこから目を離さなかった。俺と話をしているというのに、一度もばやしことは目が合わないのだ。嫌な予感がしながら、俺はばやしこの視線を辿ってみると……。
「故郷は自然が豊かなところだ。校内を案内してくれるのか!? それは助かる、ぜひお願いしたい! お手入れは人並みにはしていると思うぞ。えへへ、そんなに褒められたってなにも出ない。ボンタンアメくらいしか……え? ええ!? ボンタンアメをご存知でない!?」
ジェネレーションギャップを食らって、狼狽している父親の姿があった。
ちなみにボンタンアメというのは父が好きな駄菓子の名前だ。父が好きで家に常備されていたから、俺も何回か食べたことがある。包装が餅でできているので、そのまま食べることができるあれだ……なんて、ボンタンアメのことを語って俺が現実逃避をしている間に、ばやしこがおもむろに席をガタっと立ち上がった。
そして、女子生徒たちが取り囲んでいる父の元へと歩みを進めていく。そんなばやしこの表情はいつにも増して真剣なもので、あんなばやしこの表情を見るのは久しぶりのことだった。
そんな状況になって、ようやく俺は思い出した。
ばやしこが珍しく半年間も推しているゲームのキャラがいたこと。そのキャラの見た目が、銀髪碧眼美少女であったこと。そして、今の父の見た目が銀髪碧眼少女であること。
そのすべての事実を繋ぎ合わせて、ばやしこの次の行動を予測できた頃にはもう時すでに遅かった。
「古尾谷 蓮さん!」
「は、はい」
「僕の名前は小林と言います。回りくどいのは苦手で、あまり好まないので単刀直入に言わせていただきます! 好きです! 付き合ってください!」
…………あー。
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