第16話
「なんか最近難しい顔してるよな、哲」
「そういうお前はいつも幸せそうだな」
校門前で愛菜とは別れ、例によって俺はばやしことまた朝のHR前の時間で話をしていた。別れ際の愛菜の一言に顔を引き攣らせている俺に対し、ばやしこはいつもの変わらぬ幸せスマイルを維持していた。
「まあ、愛するべき人がいる生活っていうのは、どうしても充実してしまうものだからな」
「リア充みたいなこと言うな」
「実際リア充なんだから言ってもいいだろ」
「は? 誰がリア充だって?」
「僕だよ」
「………………」
「なんだよ、その視線は」
「なんでもないよ」
果たして、ばやしこのことをリア充と断定してしまっていいのだろうか。まあ、ばやしこは本当に幸せそうな顔をしていたし、幸せの形は人それぞれだろう。それをわざわざ否定するようなことを言うのは、野暮と言うものである。
「にしても哲がそんな顔をする原因といったら、一つしかないよな。……まだ幼馴染ちゃんとはギスギスしてるのか?」
「ギスギスしてるわけじゃない。ちょっとした勘違いがあるだけだ」
「勘違いか、ラブコメの定番だよな」
「現実の人間関係をエンタメに昇華してくれるな」
「そういえば俺もこないだ、勘違いしてたことがあってさ」
「二次元のテキストを現実に持ち出してくれるな」
と俺がツッコミを入れても、ばやしこの話は止まらなかった。どういう勘違いが起こったのか、最近読んだというライトノベルのあらすじを、求めてもいないのにばやしこは説明してくれる。なのでまたまた例によって、俺は耳をシャットダウンさせた。
しかし耳をシャットダウンさせると、今度は今朝の愛菜の発言が頭の中を駆け巡ることになる。『……私も彼氏、作ってみようかな』そんな愛菜の今朝の発言が頭の中でこだまする。
思わず動揺せずにはいられなかった。愛菜には今までそういった浮いた話はいっさい出てこなかったし、まさかそんなことを愛菜が言い出すとは思ってもみなかったのだ。しかし客観的に考えてみれば、愛菜も健康な女子高校生の一人である。彼氏の一人や二人作るのが、健全な女子高生であると言えるだろう。
でも、すごくモヤモヤする。
愛菜が俺の知らない男と手を繋いでいたりデートをしていたりしている場面を想像すると、すこぶるモヤモヤする。しかしそんなのは俺の勝手な感情だし、愛菜にとっては迷惑でしかないだろう。まして愛菜が彼氏を作るのを止める権利など俺にあるはずがない。だからそのままふうんと、興味なさげに相槌を打つだけで終わってしまって。
そんなモヤモヤした思考の渦に陥っていると。
「そういえば今日、うちのクラスに留学生が来るって噂知ってるか?」
「……留学生?」
「ああ。たしかヨーロッパの方の出身の子がこのクラスにやってくるらしいんだ」
留学生とはあまり聞きなれない単語だ。
「って、どうしてお前がそんなこと知ってるんだよ」
「クラスの人から聞いたんだよ」
「……クラスの人?」
「哲とは違って、僕には友達がたくさんいるからな」
「は? 友達ってリアルの?」
「失敬な、ちゃんとリアルのだぞ」
「マジかよ」
「マジだよ。学校の休み時間、哲はほとんど寝てしまっているけど、僕は他の生徒と話していたりするからな。その時に聞いたんだ」
まさか俺が意識を失っている間にばやしこが交友関係を広げているとは……。ばやしこのくせに中々やるじゃないか。ばやしこのことはただの厄介オタクだと認識していたが、コミュ力は十分にあるみたいだった。コミュ力があるとさらに厄介なオタクになるのは違いないが。
「ちなみに僕はクラスの間ではライトなオタクってことになってるから、あんまり本当の僕のことをクラスのみんなに言いふらしたりしないでくれよな」
「なんでだよ。別に本当のことを言いふらしても構わないだろ。今や、オタクにマイナスなイメージを持っているやつの方が少数派だろ」
「分かってないな、哲は」
そう言って、ばやしこは人差し指を俺の方へ突き出して、左右に振った。
「オタクは隠れてコソコソやるのが気持ちいいんだよ」
「黙れ変態」
ばやしこが何を言っているのか、俺には理解できそうにもなかったので、とりあえず罵っておいた。
しかし、高校生になって順調に交友関係を広げているばやしこに対して、俺は高校生になっても新しい友達を作ることができていなかった。
放課後はアルバイトがあるので部活に入っていなかったし、休み時間も寝てばかりで俺の交友関係が広がるわけもなかった。父が突然に美少女化して眠れない夜もあり、それどころじゃなかったのだ。……実際のところ、他にも大きな理由があったりもするのだが。
まあ、これから直近に文化祭も控えているし、そこでなんとか挽回できたらいいだろう。
「それで、本当に留学生がこのクラスに来るのか?」
「ああ、確かな情報だ。それ、噂をすればというやつだ」
教室前方のドアが開き、担任の先生が入ってきた。どうやらその後ろには誰かがついてきているようで、おそらくその人物こそが今日からうちのクラスにくる留学生とやらなのだろ——。
「……っっっ!!」
先生の後ろについてきた人物が教室に姿を現すと、教室が一気に沸いた。
それは教室に入ってきたその人物が、あまりにも日本人離れした美しい容姿をしていたからだろう。男子からは図太い歓声が上がり、女子からは黄色い歓声があがっている。ほぼ全てのクラスメイトの視線と興味が教室の前方へ向かっていた。それは普段うちのクラスで授業をしている先生たちが、心から望む光景であろうに……なんて俺はそんな余裕のあることを考えている場合じゃなかった。しかし人間というのは余裕がない時こそ、全く他のことを考えたくなるものだ。こういうのを現実逃避って言うんだっけ?
「えー、皆ももう知っているかもしれないが、今日からこのクラスでは留学生を迎えることになった。早速、自己紹介をしてもらおうと思う」
担任にそう言われると、後ろについてきていた女子学生は丁寧に一つお辞儀をして口を開いた。
「古尾谷 蓮です。よろしくお願いします」
教室に入ってきた留学生の正体は、俺の父だった。
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