第8話
翌日。俺は父と最寄駅のショッピングモールへ買い物に来ていた。その目的は、美少女となった父親の生活必需品を揃えるためだ。自分でも意味不明なことを言っているのは自覚しているが、これが夢でないというのだから困りものである。
10時ちょうどに家を出た俺と父は、10時半前にはショッピングモールに到着していた。
到着した最寄駅のショッピングモールは、地下1階から地上6階までの全7階で運営されている、地域でも最大級規模のショッピングモールだ。生鮮食品や生活雑貨を取り扱っているスーパーマーケットから、書店、CDショップ、調剤薬局まで。ここにくれば大抵の欲しいものは揃ってしまう。きっと父が必要としているものも、すべて揃うはずだろう。
このショッピングモールに来るのは俺も久々だった。それこそ母さんが生きていた時以来かもしれない。ショッピングモールの中に入っている店はほとんどが一新されていたし、内装や店の配置なんかも随分変わっていた。時の流れを感じるな……。
ショッピンングモールに着いて早々、俺はこのショッピングモールに買い物に来たことを軽く後悔していた。
「……っ」
なぜなら、あまりにも日本人離れした父親の美貌が、周囲の客の視線をこれでもかというくらいに集めていたからだ。すれ違う人々からは高確率で二度見され、芸能人の人なんじゃないかとひそひそ囁かれている。それは俺に向けられた視線ではないし、他人の目など気にしなきゃいいという話であるが、なにぶん俺はこういう視線が苦手だった。
「哲、なんだか顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「……なんでもないよ。それより、どの店に行くか決まってるのか?」
「ネットで下調べをしてきたから、行く店はあらかた決めてきた」
「分かった。じゃあついていく」
一方の父はそんなことをまるで気に留めていないようで、買い物に集中しているようだった。どうやら、自分が周囲の視線を集めていることに気がついていないらしい。まあ、視線に気がついていない方がいろいろと都合がいいだろう。
人の視線は時に、人の心から余裕を奪うから。
「最初はこの店からだ」
そうして始まった、父親との買い物。父はあらかじめ購入するものを決めていたみたいで、買い物は実に効率的に淡々と進んでいった。父は商品の柄や模様に特にこだわりを持っていないようで、在庫のあるものをてきとうに買い選んでいる様子だ。
まあ昔から父は、そういうことに関しては無頓着だった気がする。いつも母さんのセンスで、父の私物は揃えられていた記憶がある。母さんのセンスはいつだって冴えていて、父さんが頼りきりであったのも無理はない。
「哲も何か欲しいものがあれば、遠慮なくカゴに入れていいぞ」
「……ああ」
久しぶりの父との買い物。久しぶりの買い物というか、一緒に出かけるのも何もかもが久しぶりで。
ふと考えてしまう。
一般的な高校生は、父親とどういう距離感で接しているのだろう。将来の進路について口出しされたり、日頃のテストの結果で怒られたり、そういったやりとりを交わすものなのだろうか。時には喧嘩をしたり、時には語らったり。小説やドラマではそういったシーンをよく見かけるが、実際はどうなんだか。
ここはショッピングモールで、今日は休日である。ショッピングモール内は、多くの家族連れで賑わっていた。お父さんとお母さんに手を繋いでもらって歩いている子供から、両親からは一歩離れてスマホをいじりながら不機嫌そうに歩く俺と同年代くらいの男の子まで。
彼らは当たり前のように幸せを手に入れていて、その幸せが当たり前のものだと思っている。俺だって母さんが生きていた頃は、それが当たり前のものだと思っていたし、その幸せが崩壊してしまうだなんて考えたこともなかった。ずっと永遠に続くものだと、そう疑わなかった。
別に俺は、彼らのことを妬んでいるわけではない。当たり前が当たり前ではないことに、気が付かない彼らを蔑んでいるわけでもない。大切なものは失ってから気づくとはよく言ったもので、実際に俺もその言葉の通りだったから。ここで変な先輩風を吹かせて説教じみたことを言ったところで、彼らの心に響くことはないだろうし、それは時間の無駄にしかならないだろう。
ただただ純粋に、羨ましいだけだった。
「最後の買い物は、この店だな」
そう一人でにセンチメンタルな気持ちに浸りながらぼけっとしていると、どうやら買い物は終盤に差し掛かっているようだった。いつの間にか俺の両手にはいっぱいの買い物袋が握らされていて、手が荷物の重みでじんじんと痛かった。
案外早く買い物が終わったなと、肩の荷を下ろしかけていたのだが……。
「最後の店ってまさか……」
「そうだ。ここだ」
最後に辿り着いていたのは、ランジェリーショップだった。言ってしまえば、女性用下着店だ。
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