第3話

 それから所持品検査をしたり、個人情報に関する細かい質問をいくつか投げかけたりしたが、ついに目前の美少女は一つもボロを出さなかった。したがって、俺は美少女の言い分を受け入れるしかなく。


「…………まじで父さんなのかよ」

「今ので信じてくれたか? 納得してくれたか?」


 俺を説得できたのがよほど嬉しかったのか、目の前の美少女はすごく嬉しそうにしていた。それは実に可愛らしい姿で、並の男ならここで恋に落ちてもおかしくなかったが、この美少女の中身は俺の父さんなんだよな……。脳がバグを起こしそうだ。


「……とは言っても、どうして急に美少女になったりしたんだよ」

「新薬を飲んだんだ」

「新薬?」

「ああ。詳しいことはあまり深く言えないんだが、誰でも少女になれる薬を作った人と偶然出会ってな。それでその新薬を飲んで、少女になったんだ」

「そんな新薬が現実に存在してたまるかよ……」

「私もたしかに最初は耳を疑った。それでも見ての通り、それは本物だった」


 まあ、さっきまでのやりとりは紛れもなく父親とのやりとりであったし、いま目前に広がっている光景が幻でないのなら、俺もその新薬の存在を認めるほかなかった。


「その薬の効力はいつまで続くんだ? 数時間後とか数日後には元の姿に戻れるのか?」

「半年以上はこのままだと聞いている」

「は、半年以上!?」


 父親が少女になったことを気楽に受け止めようとしていた俺だったが、その効力が半年以上続くとしたら、話は変わってくる。


「じゃ、じゃあ明日から会社はどうするんだ? その姿じゃ流石に会社には行けないだろ!?」

「会社ならもう辞めた」

「……え?」

「この姿になれば、会社に行けなくなるのは当然の話だからな。だから会社は1週間前に辞めたんだ。……ああ、でも心配は無用だぞ。これからは日々の体調を機関に報告するだけで、報酬がもらえるんだ。ちなみにその額は会社に勤めていた時にもらっていた額の比じゃない。だから——」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……それっていわゆる治験、ってやつだよな?」

「まあ、そんな感じだな」


 俺のその問いかけに、やはり父親はなんてことないように首を縦に振った。


「じゃあその新薬を飲んだことで、なにか突然身体に異常をきたして死に至ってしまうっていう事態もありえるんだよな?」

「ああ。まあ、その可能性は限りなく低いと言われたがな」

「どうして、そんな大事なことを——」


 唯一の家族である俺に相談もなしに決めたんだ。

 そう、問い詰めたかった。


 でもそれはできなかった。

 だって、俺にそれを言う権利がなかったから。


 俺は母が亡くなってから必要な時にしか父親を求めず、父親とは最低限の関わり方しかしてこなかった。お金に困ったときだけ父親に縋り付いて、親孝行という言葉の意味も最近授業で習ったばかりだ。


 そんな俺が口を出していいことじゃない気がした。途端に正体不明の虚しい気持ちが、俺の心を覆い尽くす。俺は暗い感情に足を引っ張られながらも半ばやけくそで、質問を繰り出した。


「父さんはさ、美少女になりたかったのか?」

「なりたかったのか……か。なんでそんな事を聞くんだ?」

「……いいから」


 俺がそう強引に質問すると、どうやら父は質問に答えてくれるようだった。


「まあ、なれるものならなってみたかったかな。誰だって一度は、異性の身体になってみたいと考えたことがあるはずだろう? 男女で体が入れ替わる映画も流行るくらいだしな。私もその例外ではなかったよ」


 俺の意図不明の質問に、多少戸惑いながらも父親は素直に答えてれてくれた。そういえば母さんは、父のこういう素直なところが好きだと言ってたな。何に対しても素直すぎるから、かえって危なっかしくもあるとも言っていたっけ。


 とにかく父がそう言うのなら、これ以上俺は何も言うまい。父が決断したことだ。


 話がひと段落してふと時計を確認すると。


「……って、もうこんな時間だ。俺、そろそろアルバイトに行くよ」

「ああ、頑張ってな。——っと、そうだ。くれぐれも私がこの姿になった事を、他の誰かに話したりしないように頼む」

「……何か不都合でもあるのか?」

「ああ。最悪の場合、お互いに命を狙われることになるかもしれない」


 なんて、最後に物騒な事を言う父だった。

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