第2話

「そう言えば、言い忘れてたな。……父さんな、今日から美少女になることにしたんだ」

「は?」


 目前の美少女は、いったい何を言っているのか。

 ぽかーんとする俺を他所に、美少女はなんてことないように話を続けた。

 

「外見は一変してしまったが中身は変わらず私のままだ。私のことはあまり気にせず、哲は今まで通り過ごしてくれて構わないから」

「いやいやいやいや!」

「どうした? そんなに慌てて?」


 そう首を傾げる美少女はまたまたそれはそれは可愛い仕草で、写真の一枚でも撮りたくなったが今はそれどころではなくて。


「……ああ、もしかして今月の生活費足らなかったか? ならあとで、テーブルに追加のお金をおいておくな」

「いや、足りてる! 生活費は十分に足りてるんだけど! そうじゃないだろ!? ……え? なに? もしかして、新手の手法の泥棒かなにかですか?」

「あはは、哲もおかしな冗談を言うようになったんだな」

「おかしな冗談を言っているのは、あんたの方だろ!」


 そう俺が主張すると、訳が分からないというように美少女はぽかーんとしてしまった。なんだか話が噛み合ってないな……。


 しかし、状況は至ってシンプルである。冷静に考えれば、いま俺がすべきことは簡単なことだ。朝起きたら玄関に意味の分からないことを主張する不審者がいて、なぜここにいるのか問いただしても頓珍漢なことしか言わない。



 俺は手に持っていたスマホで、警察を呼ぶことにした。


「っ!!」

「!?」

「っっっ!!!」 

「なにするんだ!」

「警察はまずい! 警察はほんとにまずいから!」


 俺が警察を呼ぼうとしているのを察したのか、目前の美少女は必死に俺の警察を呼ぼうとする手を止めようとしてくる。警察のことをまずいと表現する奴が一番まずい存在だと俺は思うのだが……。


 そんな状況にも動じず、冷静に手に持っていたスマホを美少女の手の届かない高さまで上げると、ぴょんぴょんと小さくジャンプしながら美少女が俺のスマホを奪おうとしてきた。しかし俺と美少女の間には十分な身長差があるがゆえに、その手は俺のスマホに届きそうにない。


 それでもめげずに、美少女はぴょんぴょんと飛び跳ねている。ジャンプするたびに少女のワンピースの裾がふわふわと揺れて、なんだか同時に俺の心までも揺さぶられ、あげている手をもう少し下げてスマホに届くようにしてあげたく……じゃなくて!!


「警察を呼ぶのを止めて欲しいなら、然るべき説明を求める」

「分かった! 説明ならきちんとするから! 一旦落ち着いてくれ!」

「俺よりあんたの方が落ち着くべきだろ……」


 まあ美少女の困っている顔も可愛いかったから、警察へ差し出す前に少しくらい話を聞いてあげてもいいか……。彼女がどんな背景を抱えているか知らないが、これから彼女には暗くじめじめとした牢屋暮らしが待っているのだろうしな。


「だからな、哲。さっきから言っているように、父さんは昨日から美少女になったんだっ」

「…………」

「やめろやめろ! 無言で110番を入力するのをやめろ! しょ、証拠! 証拠があれば、警察に通報するのをやめてくれるか?」

「……証拠?」

「そうだ! 私が哲の父親である証拠を提示できれば、私の話を信じてくれるだろう?」


 そんな無茶苦茶な証拠など、あるはずがないのに……。どんなふざけたものを証拠として提出してくるつもりなのか、じっくり見せてもらおうじゃな……。


「って、なぜワンピースを脱ごうとしている!?」

「証拠を見せるのに必要だからだ」

「は?」

「いや、幼い頃はよく一緒にお風呂に入っていただろう? その時に私の背中にあるホクロで、星座を作る遊びをしていたじゃないか。その時に作った北斗七星を見せてやれば、哲も私のことを父親だと納得してくれるだろうと思ってな。幸い、この体になってもホクロの位置は——」

「分かった! 分かったから、脱がないでくれ! 今ここで裸になるのはいろいろと問題があるから! 最悪の場合、俺の方が捕まる事態になりかねないから!」


 何の躊躇いもなくワンピースを脱ごうとしていた美少女を、俺は慌てて止めに入った。俺が被害者側であったはずなのに今の一瞬で危うく、俺の方が犯罪者になるところだった。


「ていうか、そのエピソードを知っている時点で十分な証拠になっている……って、マジで父さんなの!?」

「だからさっきからそう言っているだろ……」


 そのエピソードはたしかに、俺と父親の幼い頃のエピソードだった。現在の父と俺の関係は実に冷めきっていたが、幼い頃は一緒にお風呂に入るくらいには仲のいい親子だった。


 だとしたら、本当に目の前の美少女は俺の父親なのか……?


 いやいや冷静に考えれば、そんな幼い頃のエピソードなど、事前に父から聞いていれば誰でも話せてしまうものだろう。ならば。


「今から簡単な質問に投げかけるから、素早く答えてくれ。それで判断する」

「分かった」


 こういう時は、答えが無数に考えられる簡単な質問をいくつかくり出して、その回答から真実を探るべきだ。少しでも回答に詰まったり、不自然な回答を口にしたら、すぐに警察を呼ぼう。


 110と入力された携帯を片手に、俺は質問をくり出した。


「俺の最近の趣味は?」

「知らない」

「俺が最近、ハマっていることは?」

「知らない」

「俺の得意な教科は?」

「知らない」

「俺の苦手な教科は?」

「知らない」

「俺がいま入っている部活は?」

「知らない」

「俺が中学の時に入っていた部活は?」

「知らない」

「俺の好きな食べ物は?」

「…………昔はハンバーグが好きだったな」


 今のやりとりから確信した。


 目の前の美少女は、マジで俺の父親である。

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