第16話 ブラザーオブリージュ%
ニコニコ→仮死状態
ハーメルン→一時ダウン
カクヨム→一時ダウン
なろう→一時ダウン
なんだ……?俺達が何をしたって言うんだ……?
─────────────────────
数時間前、とある中学校の体育館。
キュ、キュとバッシュの擦れる音が響く室内で、一際異彩を放つ者が1人。
「はいパス!行っちゃえ奏!」
「よっし任せて!」
「ほーら来るよ!構えて!」
肩ほどで切られたウルフカットの白髪をたなびかせ、バスケットボールをしなやかな腕で自在に操る。
バスケの事をよく知らない者でも、彼女の技量は凄まじく高いものであるという事は分かるだろう。
1人、また1人とブロックを抜いていき、素早くゴール下まで走り綺麗なレイアップシュートを入れる。
「はい、先に20取ったから勝ち!」
「速いってもぉー……!」
「勝てる気がしない……。」
「当たり前でしょ、なんたって私は部長だもの!」
ここの女バス部は、県内でも…いやこの中学の存在する関東圏において指折りの強豪だ。
チームも決してワンマンなどではなく、全員の技量が等しく高水準であり、いずれも他の所のバスケ部ならばエース級の実力を持っている。
そんな猛者が集う部中でもトップに君臨しているのが北上家の長女、北上奏だ。
既に多数の高校からスカウトの声が掛かっており、将来も安泰と言ったところ。
ユニフォームの裾で汗を拭いつつ、体育館の隅に置いたペットボトルを取ろうと歩き出すと──
「──かなっち!!てーへんだー!!!!」
「へ、底辺?何が?」
ガチャリと体育館の扉を開き1人の小柄な女の子が入っきた。片手にはスマホ。
呆けて固まる奏の元に、何やら奇怪な言語を出力しながら駆け寄ってくる。
「かなちかなちかなちかなち!!!!」
「お、落ち着いて小鳥!」
ブレーキをかけることもせず猪突猛進してくる彼女の肩を押さえ、止める。
背の高い奏にとって、背の低い彼女の肩を押さえる現在の体制は中々腰にクるものがあるため、そのまましゃがむ。
ただえさえ少ない体力を使い果たしたのか肩で息をしている、茶髪の長髪でサイズの大きいカーディガンを着た小鳥と呼ばれた女の子。
名前は
交友関係に何故か『鷹』を筆頭に『鳶』、『鷲』、『烏』など小鳥の天敵となる鳥類を示す漢字を含んだ名前を持つ者が多いため、『小鳥が遊んでいるのなら"天敵"が居ない証拠である』という意味のある「
「はぁ…はぁ……落ち着いた。」
「あ、そう……。じゃあ改めて、どうしたの?」
軽く息を整えいつも通りの人懐こい笑顔を浮かべた鳴音に問いかける奏。
「これ見て、これ!」
そう言い、スマホを突き出す。表示されているのは何かの動画か。
「なにこれ?LIVE配信……?」
右下に赤枠で「LIVE」と表示されているその画面を訝しげに覗き込む。
すると、聞き馴染みのある声がスピーカーから流れてくる。
『よいしょっ!……キリが無いですねぇ!どんだけいるんですか!?』
『わっかんない!集まってきてるって言うより湧いてる!』
声の発生源は分からない。薄暗くも大きな室内でモンスター達の首が飛んでいる。
絶叫を出す事も許さない、とでも言いたげに素早く絶命させていくその様子はまさに地獄絵図と言ったところか。
「これ……ダンジョン?てかこの声って……」
『核が身の危険を感じて生成しまくってるって事ですか!?』
『多分!前侵攻阻止作戦やった時もなってた!そん時は核の体力が切れるまで皆で狩りまくってたけど!』
『ひえぇ、じゃあ2人だとジリ貧じゃないですか!!』
『そうだね……ってか姿見えないのにあちこちから声するの不気味なんだけど!?』
2つの高い声音。1つはこのピンク髪の女……見た事がある、ナオとか言ったか……?
もう1つの声の発生源は確認できない。だがしかし、奏はこの声を飽きるほど聞いている。
「お、お兄……?」
「だよね!?物部先輩だよね!?先輩マスターのかなっちが言うなら間違いないっ!」
「誰がお兄マスターじゃ」
バッ、と両手を上げて意気揚々と発言する鳴音。その様子を見てなんだなんだとチームメイトが集まってくる。
「どしたの小鳥──あ、この人私知ってる!最近話題の人だよね?奏のお兄さんなんだ……」
「奏のお兄さんって言うと、あのめっっっちゃ足速い人?奏も勝ったこと無いんだよね?」
「え?奏より足速いの?……ば、化け物……」
「誰だ物部さんの事化け物とか言ったの」
「処す?処す?」
と、やいのやいの盛り上がり始める。女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだがこの場合、鳴音と奏の周りには軽く10人は集まっているので状況は姦姦姦姦しいと言ったところ。
しかし、部員の1人の発言によりその盛り上がりは水を打ったように静まり返ってしまった。
「ねぇ、これ……侵攻、じゃない?」
侵攻。
ダンジョンは今や人々の生活に当たり前の様に入っているもの。
当然、その危険度も……その言葉の意味も分かり切っている。
「画面が赤いし、モンスターの様子も普通じゃないし……そもそも、こんなモンスターの密度、侵攻でしか見た事ないよ。」
「……え、ヤバくない?」
そう、ヤバい。どれくらいヤバいかって言うとマジヤバい。いや本当にヤバい。凄く凄いヤバい。
「でも、苦戦してるようには思えないよ?」
「うん。なんかモンスターが現れる度にバタバタ倒れてる。」
だが実際はと言うと……快刀乱麻、そんな4文字が当てはまるだろうか。普段の──それこそ、ナオやその他メジャーな配信者の配信では見た事がないような、まるで血に飢えたような目をしたモンスターを正しくもつれた麻糸をパッサリと切ってしまう快刀の如く切り倒していく。
手に汗握る戦闘……いや、これでは蹂躙だ。本当に今起こっている事なのかも疑わしい。
奏は、兄たる物部に身体能力においてあらゆる点で勝っている。身長、筋力、体幹……エトセトラ。
しかし、どう足掻いても今の今まで勝った事がない物がある。
ざっくりと言えば、速力。要は足の速さだ。足の強さ、ではなく、速さ。
この中学出身の彼が在学中に樹立した50m走の記録、5.93秒。
……50mの世界記録は、ウサイン・ボルト氏による5.47秒。日本記録は朝原宣治氏による5.73秒。
ダンジョン、あるいは希物を利用したトレーニング法は未だ発展途上であるため、実用可能レベルに達すればこの記録が打ち破られるのは時間の問題ではあるが……。
これといった指導を受けていないただの中学生、それも150程の身長しか持っていない小さな体躯の者がこの速度を出すなど、全くもって意味がわからない。
現代の陸上競技全て、いやこの世のスポーツマン全員に喧嘩を売る所業だ。まぁこの記録はもちろん、校長の判断により秘匿されているが。
「……こんなに、速いの……?」
恐らく、かなりスペックの高いであろう撮影機材のフレームレートでも追い付けない速さ。
ダンジョン内であるとはいえ、この速度はやはり異常。
ましてや、決して走りに向いているとは言えないこんな場所で!
奏には少なからず、兄に対しての対抗心というものがあった。
昔からあまり親は家におらず、片時も離れず一緒に育った筈の兄が、恐らくは自分と同じものを食べていた兄が……全くもって自分と似ていない。髪の色、瞳の色──同じ所などこれくらいで、後は全てが異なっている。
視点の合わない兄はいつしか、奏の事をあまり見なくなった。
目を向けない、ということでは無い。目を合わせない、という意味だ。
首が疲れるから、なんて言い訳を並べて笑う兄を見る度、奏は寂しいような、業腹なような、言語化が難しい感情を抱いた。
昔は自分の身長や容姿を嘆き、奏を恨めしく見てきた……が、今では自分の見た目を受け入れ、むしろ楽しんでいるかに思える。
それが癪だった。もっと男らしく、兄らしくと日々何かしらの努力をしている物部を見るのが好きだった。それに触発されるように、負ける訳にはいかないと奏も努力した。
大抵の事では身体的アドバンテージもあり簡単に勝つ事が出来た。それでも唯一、勝てない物。
足の速さ。それら全てをひっくるめて、対抗心があった。
──だからこそ、現在の物部は奏の兄である事を放棄しているように見えたのだ。
見えていたのだ。
実際はどうだ。確かに、自分の体躯をどうこうと言ったベクトルの努力はしていないものの……その代わりにここまでの速さ、強さを手にしている。
奏では、到底追い付けない次元まで。
「うわ、何この敵……」
そんな小鳥のつぶやきにより、ようやく意識が目の前のスマホに戻った。
どうやら先程の場所から進み、大きなドームのような場所に来ていたようだ。
カメラに写る銀髪の小さな体躯を見て、やはり兄だということを再確認……する間もなく、その奥に佇む大きなモンスターが視界を占拠する。
妙に詳しい物部が、そのモンスターの名前等詳細な情報をつらつらと述べる。
そんな事はどうでもよかった。問題はそのモンスター──プライモーディアル・アビサルフロスト・リントヴルムとやらだ。
2人を一瞥し、咆哮するその姿はまるで絶対的な王。
カメラ越しで実際に相対している訳では無い奏達も思わず身震いする。
だがそれ以上に、奏はこの巨大なドラゴンを前にして平然としている兄が、どうしようもなく恐ろしく感じたのだ。
たった1人でフロストを相手取る物部に、一同は息を飲んでいた。
あの原初古龍は侵攻核を守護する強大で尊大なモンスター。1人で挑む相手では無い。ましてや、もう1人を護りながらなど正気の沙汰ではないのだ。
一撃一撃が致命となる攻撃を間一髪で回避する度、閲覧している奏は内蔵がひっくり返る様な感覚を味わう。
生きた心地がしない。
「奏、見るのもう、やめとく……?」
緊張に耐えかねたのか、もしくは奏に気を使ったのか、誰かがそんな事を言うが……それに同意する事は無い。もはや声も出ないのだ。
だが数十分もした後、奏は配信を見続けた事に後悔することになる。
古龍から発せられた光線のような攻撃。それが物部の右腕を捉えた。
その瞬間、肺を握りつぶされた様に一瞬で体内の空気が体外へ排出される。
「も、物部先輩!?」
それは鳴音も同じ事。初対面時から物部に懐き、彼の事を兄の様にも妹の様に思っている彼女もまた、まるで物部の魂を持った死神に微笑みかけられているような状態だった。
凍傷で手が変色しており、痛みを堪えるような声で何かを言っている。
ここまでで、十分オーバーキル。2人の精神には死体蹴りも同然だった。
据わった目で小さく息を吐くことしかしなくなった2人。どうしたらいいのか分からず、オロオロとする部員達。
ここで流石に、ネットを隔てた隣で部活動をしていた男子バスケットボール部が異変に気付いたのか、3人程駆け寄ってくる。
「おい、どうした!」
「あ、えっと、その……」
「ん?何見て──って、これナオのやつじゃん。今日だったっけ?どういう状況?」
1人がそう尋ねると、鳴音が端的に述べる。
「コラボ相手、かなちのお兄さん、現在モンスターにより重症、かなち虫の息。」
「がってん。」
特に動揺することも無く、冷静にレスポンスをした男子はそのままアイコンタクトを取った後、散開する。
「これ誰の携帯?」
「わたしの。」
「おっけ、一瞬触る。」
何をするのかと首を捻っていると、1人がおもむろにスマホ画面をタップし、再生ボタンを押して止める。
「──ッ!何を──」
それにより、据わった目をしていた奏が復活し男子に抗議しようと振り返ると──
「うい、持ってきた。」
「でかしたマジ優秀。」
散開していた男子が集まって来ており、何かをしている。
1人はスマホを持っており、1人はワイヤレスイヤホンを持っている。
ワイヤレスイヤホンを持っている男の子はもう1人にイヤホンを手渡した後、練習に戻っていった。
「──俺らが実況する。なんでも実況DB。」
なんでも実況
なんでそんな事をするのか、と理解出来ない顔を浮かべる奏。
しかし、その問いをするよりも前に1人の男子生徒の口が開いた。
「さーて片腕が重度の凍傷に陥っております北上兄こと我が中学の伝説物部先輩!こちらどう思われますか解説!」
「そうですね、ここまでのダメージを負って尚軽口が口から流れ出ているのを見るにかなり余裕がありますね。何か秘策があるのでしょうか?」
「むしろ喋る事によってなんとか自分を誤魔化しているのでしょうかね?」
「え?スパイ○ーマン?」
突如降りかかる言葉の濁流に脳がフリーズする奏。その傍らで、鳴音がなるほどと手を打った。
「考えたね、画面と音声を見せずに言葉だけで状況を伝えてるよ。これならいくらか心が楽だよ……。」
それを聞き、助かったという感情とほっとけという感情を同時に味わい、何とも言えない顔をする奏。
どちらにせよ、一瞬のアイコンタクトで部員達のしたい事を最大限汲み取り、ここまでの対応を組み上げたこの男バス3人組の将来は明るいだろう。
「え?スパ○ダーマンってそうなん?──っとここで物部先輩バランスを大きく崩した!」
「これは足にも凍傷の魔の手が!?地面にも霜の塊が張っておりますし冷気もとんでもない事になっているでしょう、防寒スキルも貫いてしまうのでしょうね。」
「さぁこのままでは地面への激突は不可避!どうなってしまうのか──!?」
そこからはハラハラしながら、しかし先程まででは無い少しばかりの余裕を持って兄の動向を追うことが出来た。
どうやらナオの所属する事務所の腕利きの配信者が数人駆け付けてきたようで、物部も余裕を取り戻したらしい。
そして、決着が着いた。
ナオの固有による一刀で、一撃必殺。
本来ならば鱗などによって大きく減衰するはずのそれは、物部含めた増援が取り除いたらしく、あっさりと通った。
「……2人とも、ありがとう。」
「おう。」
「んじゃあ戻るから、お前らも練習しろよ。ってかもうすぐ下校時間じゃね?やっべ、またな!」
慌ただしく戻っていく2人を尻目に、奏は静かに立ち上がる。
「か、かなちゃん……?」
そこには、1人の修羅がいた。
心・技・体、全てが阿修羅の如き、あるいは般若の如く怒りを宿していた。
「私、先に帰る。」
「う、うん……。」
「まずは怪我の確認。それから──」
ブツブツと呟き、荷物をまとめ始める。
ゆっくりと、しかし確実に部室へと歩いていく奏には、誰も声をかけることは出来なかった。
◇
「あ、家ここです。ありがとうございました。」
「はい、こちらこそありがとうございました。重ね重ね申し訳ありませんが、明日もよろしくお願いしますね。」
菊月さんへぺこりと頭を下げ、車の扉をゆっくりと閉める。
「……普通の運転だったな。」
どこかイニシャルがDしたりグランがツーでリスモする様な展開を期待していたが、どちらかと言うと教習所シュミレーターだった。いや、教習所行ったことないから知らないけど。ギリ未成年だし。
走り去っていく車に手を振って見送った後、大きく伸び。
「ん……く…はぁ。ふぁー……今日はお風呂沸かそうかな……」
振り返って玄関のドアをガチャリと開ける。鍵が掛かっていないという事は、妹は既に帰っている様だ。
「ただいま〜。」
そう言いながら入るり、洗面台へ直行。石鹸で手を念入りに洗い、廊下へ出る。
ギジリ、とフローリングが軋む音がした。
ぬるりと、ゆっくりと、巨体が影を落とし、僕を包みこむ。
「お兄。」
奏だ。影によって表情は見えない。
「え……なに…怖」
「これ、何?」
そう身を乗り出し、格さんが紋所を掲げる様にズイとスマホを見せる。
ん…?なになに?
スマホに表示されているのはどうやら複数の何かの動画のサムネイル。
『【コラボ配信】まさかのあの人と行く!ダンジョンの歩き方』
『【神回】個人勢もののべによるためにならないダンジョン講座【切り抜き】』
「ミ゜」
「ねぇ。私こんなことしてるなんて知らなかったんだけど?」
「お、おおおちけつ」
「落ち着いてられると思う?お兄がこんな危ないことしてるとか……」
ベタベタと顔を触ってくる奏。バスケ部のエースである奏にパワーで敵う筈も無く──
「──ふぅ、とりあえず傷は無い……腕は?足は?はぁ〜〜〜〜〜!もういい!脱いで!!」
「ゑ」
スマホを放り投げ、まともなレスポンスをする間も無く軽々と持ち上げてぽんぽんと服を脱がしていくマイフェイバレットシスター奏。
「ちょ待っ、バカ」
「大人しくして!お兄が力で私に敵う訳無いでしょ!」
「それはそう!たがそれでも譲れないものがッ」
「うるさい!」
「あぁぁあぁあ!!!」
哀れ、ろくに抵抗もできず下着姿にさせられてしまった。おのれなんてことを!
幸か不幸か母から半笑いで押し付けられたキャミソールを着用していた為パンイチは免れたものの!
なぜ着用しているのかはノーコメント。
「──ほっ、傷跡も無い……。足もいつものI脚のまま……。───はぁ〜〜……」
まじまじと四肢を見て触り僕を降ろした後、へなへなとその場に座り込む奏。
ふむ。恐らく奏は配信に写った僕の被弾シーンを見たのだろう。それでこんな鬼気迫る感じに……と言ったところだろうか。やっべ☆
「……えーと……」
「謹慎。」
「……え?」
ポツリと言葉を零す奏。
「お兄はしばらく自宅謹慎。反省して。」
「待って」
おいシャレにならんぞバカ!
明日もまだ配信がだな……!
「知ってる。明日もやるんでしょ。」
「知ってるならなんでそんな──」
「あんな変な女にお兄は任せらんない!」
変な女とはなんだ変とは。ナオさんはちょっと人誑しが過ぎるだけで根明のいい人だぞ。
「しかもあの女……お兄の、お…お…おち──」
「よし分かった前言撤回、あの人は変だ。」
そうだ、あの人は僕の僕にタッチトゥーゴーしようとしたんだ。まだちゃんと顔合わせしてそこまで時間の経ってない僕に。なんだ、イカれてるのか?
まぁ、ダンジョンでの死と生のスレスレをエンタメにしてる時点で大概イカれてる訳だけど。
「とにかく!今回はあの治療が出来る……あの……キルアだかルアンだか言う人!」
「クルアーンさんね。別に殺し屋一家の人でも天才クラブの人でもないよ。」
そう訂正すると、んな事はどうでもいいと言わんばかりに顔を顰める奏。
「あの人がいなかったらどうするつもりだったの!?あのままだと死んでたよ!!」
「……ぐぅ」
「ぐぅの音出さないで!」
うーん、辛うじてぐぅの音は出たが……どう宥めようか。
そもそも今代におけるダンジョンの開拓は、己の命をベッドして素材の売却などにより大金を稼ぐ事だ。文字通りの危ない橋。
まぁ僕は素材売却とかどうでもいいんだけど。……てぇ……走りてぇ〜……
「お兄は死ぬのが怖くないの!?」
そうガックンガックンと肩を揺らされる。
死ぬのが怖いか、ねぇ。
「いや……怖いけど。」
「なんで……え、怖いの?」
「怖い。」
怖くない訳ないだろいい加減にしろ。生物は本能的に死を恐れるものだ、当たり前だよなぁ?死ぬのが怖くないとか言ってる奴はただの厨二か厄ネタか頭パッパラパーなだけです。
それ以上にタイムアタックが楽しいだけです。
面白いからね、しょうがないね。
だがしかし、奏の言うことも分かる。もし奏が僕の預かり知らぬところでダンジョン走ってたら全力で止める。それはもうありとあらゆる全てのコネと力を使って止める。
「……それでも、家族を不安にさせてでも、したい事なの?」
「……」
それを言われると弱い。結構キツい。ぐぅのねも出ない。
「お兄は……お兄ちゃんは、特になんとも思ってないかもしれないけど……たった3人の家族じゃん。ちょっとは考えてよ……。」
先程の元気さは見る影も無く、尻すぼみに消え入りそうな声でそう言う。
……どう答えたものか。
我が北上家は母、妹、僕の3人家族だ。親父は奏が産まれてからしばらくしてどっか行った。正直言ってアレの事はあまり思い出したくは無い。はーうんちうんち。死に晒せ。
それから母は仕事で忙しく、僕と奏は常に一緒にいたものだ。
まったくいい子に育ったと思う。この人の生き死にをエンタメとして消化する現代において、致命的な程に。
まぁ、僕が身勝手だということは反論のしようがない。別に独り立ちしている訳でもない、ただの高校生が悪戯に命を賭けてダンジョンを駆けてるとか、ふざけてるとは思う。
しかしねぇ、憧れは止めれないからねぇ。
中学3年、全国大会常連の強豪のバスケ部のキャプテンであり、部長であり、エース。自慢の妹だ。
その約170cmと恵まれた体躯が、いやに小さく見えた。
「──"好きな様に生きて、好きな様に死ぬ。誰の為でもなく。"……それが、僕の行動指針。」
いつぞやに聞いた、この言葉。それ以来、僕はこの通りに生きる事に決めた。しない後悔よりもする後悔、する後悔よりもする満足。これこそが僕であり、こうでなくては僕では無いのだ。
ピクリと奏の身体が揺れる。身勝手だと指摘された直後にこの身勝手発言はいくらなんでも身勝手の極意過ぎるとは思うが、ここはまぁ聞いて欲しい。
「でも、僕は死ぬつもりは無いよ。僕にとっての理想の死に方は、子孫達に囲まれて老衰で穏やかに死ぬか、全ての黒幕に組み付いて高笑いしながら諸共自爆する事だから。それ以外は全て、理不尽な死だ。許容できない。」
「……なにそれ。」
「……確かに、僕は危ない事をしてる。奏に心配かけてる。でも、安心して欲しい。僕は死なないよ。」
「そんなの、分かんないじゃん。実際、クルアーンとかいう人がもうちょっと遅れてたら、お兄ちゃんは死んでた!」
「でも、僕は死んでない。今、ここにいる。大丈夫。だって、原初の力を持つ古龍を相手にして生き延びたんだから、そう簡単な事じゃ死なないよ。──それに、僕だって奏を1人にしたくない。」
何も返さず、俯く奏。
これで僕が180位身長があって、筋肉モリモリで重低音ボイスだったら説得力あったんだろうけどなぁ……。同級の友人に言わせれば「おはようじょー!」って感じだもんなぁ。
泣くか。
いや、鳴いとくか。
チーにゃ!
ポンにゃ!
ちんp……やめとこ。
カン!あいカン!もういっちょカン!おまけにカン!
ンッツモォォッ!!!役満、四槓子!32000点!
悪いな、この局で巻き返させてもらうぜ!
……?なにが?
あぁそうだ、奏と話してて……。ダメだ、疲れてるし眠過ぎて幻覚見てる。急に脳内で四連続カンとかいうちょうど死ぬほど脳汁出るタイミングの麻雀が展開されるとか意味わからん。
「……お兄はさ。」
「あっはい。」
必死に思考が霧散しないよう集中。
奏も向き直り、どこか振っ切れたような…呆れたような、諦めたような笑顔を浮かべる。
「……いや、やっぱなんでもない。」
「そっか。」
ふぅ、と一息。
「奏、ちょっと屈んで。」
「……うん。」
言われた通りに屈む奏。
僕の腕でも余裕で届く高さになったその頭に、右手を乗せる。
「不安にさせちゃってごめんね、奏。お兄ちゃんは大丈夫だから。」
「……うん、分かってる。昔車に跳ねられて6m位飛んだときも、擦り傷くらいしか負傷無かったからね。」
「そういうことー。」
思えば、こうやって妹の頭を撫でるのも久しぶりだ。
少し名残惜しいが、体の疲労が限界なので手を離す。
明日もまたコラボだ。早い内に寝て、少しでも疲労を軽減しなければ。
風呂入ろ。
─────────────────────
キリが悪くてこんな文字数に。約9500字でフィニッシュです。
敗因は奏ターン。あんなクソデカ矢印、別に作る予定は無かったです。でも作った方が可愛いと思ってやりました。
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