第48斤
『最近AIの技術の進歩がすごいって言うじゃないですか。だからもしかしたらこの映像もAIが作ったんじゃないかって思ってるんですけど』
「あれは紛れもなく現実に起こったことだ。それは僕も、君たちも知っている。そうだろう?」
眼鏡の美人に抱きつかれているつよしが、テレビで喋る何も知らないコメンテーターのコメントを聞きながら言った。僕は黙って牛乳を飲みながら頷く。
眼鏡の美人が一体何者なのかわからないまま、ひとまず全員家の中に入れておいた。おかげで家の中はクロワッサン系VTuberの中の人やら絶賛炎上中のグループ系YouTuberの一員やら人間の姿になっているイルカやらが跋扈しているカオスワールドとなっていた。
白野さんは借りてきた猫を又貸しで借りてきたレベルで縮こまってるしルイちゃんは勝手に僕のパンケーキをつまみ食いしてるし母はつよしを見てワーワーキャーキャーしてるし。特に最後のは父が見たら泣くぞ。
「あ! 自己紹介がまだでしたね! 私、つよしさんとお付き合いさせていただいています、ウイといいます! 舞原さん、白野さん。昨日はふれあいイベントにご参加いただきありがとうございました!」
僕をはっとした顔で見てきた眼鏡の美人がつよしから離れて、唐突に横ピースをしながら名乗ってきた。薄々感づいてはいたけど、やっぱりそうだったか。
改めて全身を見ると、ルイちゃんよりも色が若干濃い灰色の髪をポニーテールにしていて、量産型っぽいリボンが付いた白いブラウスと黒いミニスカートとハイソックスを身につけていて、スタイルも良くて眼鏡越しでもはっきりわかる大きな二重な目が綺麗で、まさにアイドルと言いたくなるくらいの美人だった。この人が昨日触ったイルカと同一人物だとは知らなければ誰も思わないだろうなと感じる。
「同じく、ルイといいます」
ルイちゃんが母の方へと顔を向けて言う。彼女の方は今日はボーダーシャツに白いサロペットスカートを着ていた。髪型も三つ編みになっていてまるで深海から光を纏い現れた天上の文学少女が如く――まずい、白野さんに睨まれた。
「今日も白野さんは茶髪でセミロングで夏制服で可愛いね」
「ぶげららつはたぴ!」
思ったことを素直に口にしたらスプーンを投げてきた。ヨーグルトが付いてたけど舐めるのは他人の目があるので流石にやめておいた。わっちんが使ったスプーンなんて焼きバターなら全財産をはたいてでも買いたい宝なのに。
「あむ」
「もう……あじゃふぁありあああああ!?」
なぜかルイちゃんが僕が持っているスプーンではなくトレイに置いていた僕が使っていたスプーンを口に咥えだし、白野さんが驚愕の声を上げた。そしてルイちゃんは僕の膝の上に座ってきて温もりと重みを与えてきた。
「これ、お返しします」
そう言ってルイちゃんは僕に僕の生徒手帳を渡してきた。
「さっきもちょっと思ったけど、なんで君が持ってるの?」
「昨日スタジアムで話した時にこっそりと抜き取りました。気になる殿方がいたらまず身分証を狙えと教わりましたので。お陰で住所がわかってここまで来ることができました」
「誰からそんなこと教わったの!?」
「ナホ先輩からです」
僕が言えた口では無いと思うけど、なんなんだこの子は。それよりナホ先輩は一体何を後輩に教えているんだ。
「えっと、ウイちゃんに、ルイちゃんですね。それとあなたは……」
僕と白野さんとルイちゃんのやり取りには目もくれず、母はつよしだけを見て呟き、つよしに聞いた。
「つよしです。
「あじやはた……?」
「あじやはた……?」
「あじやはた……?」
「珍しくて、美味しそうないい名前ですよね! アジやハタって!」
僕と白野さんと母がつよしのフルネームを聞いて困惑しているとウイちゃんが笑顔できっぱりと言った。別につよしの本名は気にならなかったけどまさかこんな凄まじい苗字だとは思わなかった。
「私は麦もいいなと思いますよ」
そういやぱすたも大概だよなと思っていると、ひととおり朝食を食べ終わったのでルイちゃんの固く結ばれた三つ編みをねじねじと触っていたら目の前からそんな声がした。
「クロワッサンは……?」
恐る恐るといった感じで、白野さんがルイちゃんに目線を合わせながら尋ねる。
「好きですよ」
「うへへへへはふひっ……」
「僕はルイボスティー好きだよ」
「それなら、相思相愛ですね」
白野さんが変な笑い方をしている間に、ルイちゃんは目を閉じて僕に背中や顔をすりすりとこすりつけてきた。あまりイルカの知識は持ち合わせていないが、これがラビングという愛情表現なのだろうか。
「あじゃじゃわじああ!?」
「そろそろ本題に入りたいのだが、いいだろうか」
そんなルイちゃんを見て白野さんがまた変な声を上げたところで、つよしが咳払いをしながら僕たち全員を見て言った。僕とルイちゃんはほぼ同時に頷いた。ルイちゃんの頭頂部からは爽やかないい香りがした。
「うぇんに続いていいだも行方不明になった以上、いずれ僕も消えるかもしれない。それに条件がYouTubeで活動をしていることなのであれば、君や僕だけじゃなくてウイちゃんやルイちゃんだって消える可能性がある」
「鎌倉水族館には公式YouTubeチャンネルがあって、そこで私たちも出演していますから」
つよしが悪い想定を口にした後、ルイちゃんが僕の身体の上でゆっくりと言いながら、僕の腕を引っ張ってきてシートベルトみたいにお腹の上で固定してきた。
「誰か知り合いにYouTuberはいるか?」
イルカを膝に乗せた僕に、つよしが真面目に聞いてきた。1番に思いつく人は当然すぐ隣で僕をじっと無言で見つめている子だけれども、2番目に思いつく人とはもう連絡が取れない状態になっている。そして手元のマグカップには笑顔の笹窯ボコがプリントされていた。そこで僕は3番目の人の顔を頭に浮かべた。
「仙台に1人います」
「誰だ?」
「
「八木やまい……?」
白野さんが首を傾げた。他の人たちも知らないと言った顔をしていた。それを見て、僕はルイちゃんの頬をぷにぷにしながら言葉を紡いでいく。
「個人勢でヤギみたいな角生やしてる白髪のVTuberだよ。チャンネル登録者数は1万かそこらだけど、雑談とかゲーム実況とか歌ってみたとか定番のことを結構な頻度で配信してるよ。僕はしばらく見てないけど」
「あ、お母さんはアーカイブとかよく見てます! いつもハイテンションで見てると元気になるんですよー!」
これ以上ハイテンションになってどうする気だと思いつつも、僕は母の言葉に黙って頷いた。リムリムとコラボしたらすごいことになるんじゃないかと薄々思っているけど実現の予定は今のところ来そうにない。
「今連絡は取れるか?」
つよしに言われて、僕はルイちゃんをちょっとずらしてポケットからスマホを取り出した。でもルイちゃんはまだ僕から降りる気はなさそうだったので、仕方なくルイちゃんを抱きしめる形でスマホを操作し、日羽に電話を掛ける。ちょっとしたドッキリとしてビデオ通話にしておいた。しかし。
「出ませんね」
膝上のルイちゃんが言ったように、1分近く待っても日羽が電話に出ることは無かった。
「
母がそう言って固定電話から日羽の父であり、僕の父の兄である舞原翔治さんに電話を掛け始める。
「あ、しょーくん? ぱすたです」
「ぱすた……?」
「ぱすた……?」
「ぱすた……?」
母の言葉に、つよしもルイちゃんもウイちゃんも頭頂部に疑問符が浮かんでいた。
「母の名前は舞原ぱすたって言うんだよ」
「美味しそうでいい名前ですね!」
僕が電話の邪魔にならない程度の声で説明をすると、ウイちゃんはまた笑顔で言った。君のいい名前の基準は美味しそうに思えるかどうかなのかというツッコミは胸の中に留めておくことにした。
「はい……日羽ちゃんのことで……え!? 連絡つかないんですか!? はい……あの煙になって消えちゃったってニュースで……どうにか確かめには……無理……? はい……しょーくんも、気をつけてね」
答えを聞くまでもないほど、不穏な単語が聞こえた後、母は受話器を置いた。
「日羽ちゃんと、連絡取れないって……」
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