第46斤☔
『今日午後1時30分頃、神奈川県鎌倉市の回転寿司店で女性客が突如白い煙に包まれ、そのまま行方がわからなくなっています。警察は共に来店した男性客に詳しい事情を――』
とうとう、大衆の前で消えた奴が現れたか、と思いながら俺はテレビを見ていた。
寿司屋で女が身体から煙を吹いているという珍妙な映像と、クソ真面目なアナウンサーの声を見聞きして思わず吹き出しそうになる。こんなのを馬鹿正直にニュースにするなんて世も末だな。
「こんな話を信じる奴は、真性の馬鹿しかいないって言ってたよなぁ!」
俺は怒鳴りながらリモコンをテレビに向けて放り投げた。リモコンと画面が衝突した瞬間、一瞬画面が虹色に変色したが結局リモコンはテレビを破壊することもなく情けなく床に転がった。窓を見るとスカイツリーが煌々とライトアップされていたのでそれに向かってリモコンを再び投げ飛ばしたが、呆気なく強固な窓ガラスに跳ね返された。
舌打ちしながらリモコンを拾いに歩くと、インターホンが耳障りな音で鳴った。モニターを見ると、見慣れたいつも眠そうな顔つきの奴が映っていた。
「んだよ」
「んだよじゃないだろ! 何か知ってるんだろ!」
仕方なく玄関に行き、扉を開けるといきなり胸倉を掴まれた。
「何かって何だよ。俺が何かやったとでも言いてぇのか?」
「そうだ! 寿司屋で人が消えた事件のことだ! お前が言ってた陽咲ちゃんが消えたときの状況と全く同じだろ!」
「で、だから俺がその事件とやらに関係してるってか? してる訳ねぇだろ」
「ふざけるな!」
そいつは俺に怒鳴って唾を飛ばしてきやがった。ふざけてるのはどっちの方だ。
俺は今日一日このスタジオで撮影をしていた。それなのに遠く離れた鎌倉にいる人間をピンポイントで消すなんて超能力者ぐらいにしかできない芸当だろうが。怒りの感情というのは冷静な判断力を人間から奪い取るのだなと身をもって実感させられる。
「なるほど、お前は俺が犯人だって言いてぇのか。サノスみたいに指パッチンしてサラサラサラーってか?」
「ああ! 陽咲ちゃんも! うぇんも! 富良らんすも! 勝手にニワトリ食った奴も! そして今日の、
あまりの馬鹿加減にたまらず顔をしかめる。こんな馬鹿と今まで仲良く動画撮影に励んでいたことを激しく後悔した。
「あのなぁ……。そもそも俺がそいつら消す理由なんてねぇだろ。関わりねぇ奴らはともかく、陽咲とかうぇんとかはむしろ消えて欲しくなかったっての。陽咲が消えたときの恐怖は一生忘れねぇよ」
「嘘だ! お前は人が苦しんだり、不幸な目に遭うのを見て、ずっと笑ってるだろうが!」
俺は嘆息した。こんな馬鹿な奴に、わざわざ説明しなくちゃいけないのか、と。
そうだ。馬鹿には馬鹿に相応しい説明をしてやればいい。
「まあ、陽咲とかうぇんとか、他の奴らが消えた理由くらいは知ってるけどな」
「どういうことだ! 教えろ!」
俺が言うと、案の定馬鹿は食らいついてくれた。後は軽く釣り上げるだけだ。
「消えた奴らには、共通点がある。うぇんはアンチを豚呼ばわりした上、豚のコスプレをして炎上。ニワトリの奴は勝手に知り合いのペットのニワトリ食って炎上。富良らんすは日頃の暴言と大会のゴースティングで炎上。今日の奴はあんま知らねぇけど、VTuberが身バレして彼氏バレもしたとか何かだろ?」
「陽咲ちゃんは何をしたっていうんだ!」
「さあな。俺たちに黙って色々やってたっぽいし、どっかで何かあったんだろうな」
「さあなって……お前の妹だろ! 他人事みたいに言うな!」
「落ち着けよ」
他人なのはお前だろ。だからはぐらかしてんだよ。それくらい気づけよ馬鹿が。俺は心中で目の前で憤怒の表情で立っている奴の顔面を吹き飛ばした。
「聞けば炎上でもなくただただ目立った奴も消えてるって話だ。要するに注目を集めた結果、何かの作用が働いて煙になって消えたんだ。どんな理屈かまでは知らねぇけどな。まあだから、陽咲が何かとんでもないことをしでかしたとは限らねぇよ」
「そうか……」
「だからお前も、せいぜい燃えず目立たず、大人しくいるんだな」
「ああ……」
ついさっきまであれだけ威勢よく怒鳴り散らしていた癖にたちまち震え声に変わっているのに吹き出しそうになるのを堪えながら、俺はスタジオから抜け出した。
まさかあんな出鱈目信じるなんてなぁ。純粋というか、お花畑というか。いずれにしても馬鹿なのは変わりないが、あまりの間抜けっぷりに他に誰もいないエレベーターの中で空気をパンパンに入れて口を必死に抑えていた風船から指を離す。
身体が浮かぶ感覚を感じつつ狭い箱の中で爆笑しながら俺は思う。
必ず、助けに行くから、待ってろよ。
陽咲。
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