第42斤

 ウイちゃんとのふれあい待ちの行列に並んでいると思っていたら、気づけば僕に順番が回ってきており、プールから顔を出しているウイちゃんと目が合った。眼前で見ると、確かに可愛くはあった。他のイルカと何が違うのかは説明できないけど。


「目は触らないであげてくださいねー」


 さっきステージで司会をしていたお姉さんが隣で言う。僕は注意しながら、噴気孔の近くを手の平で優しく撫でた。陸上で生活している動物にはない滑らかですべすべな肌触りではあるけれども、哺乳類として、温かな血液が巡っているのだと感じる温もりがそこにはあった。たまにはこういう感触もいいなと思いつつ、僕はウイちゃんに別れを告げてミニステージを後にしようとしたところでたくさんの笑い声が急に響いて咄嗟に振り向く。


 すると僕の後ろに並んでいたつよしがウイちゃんに思いっきり手を噛まれていた。差し伸ばした右手を、鋭い歯に挟まれていた。イルカが客を襲うという緊急事態のはずなのになぜか司会のお姉さんは大爆笑していた。それだけじゃない。ウイちゃんを取り囲むようにしていた他の客もその光景を見て「つよしちゃんまた何か怒らせるようなことやっちゃったんじゃないの」などと言いながら笑っていた。なんなんだこれは。


「何か誤解をしてるみたいだから、後で話そうか。とりあえず今はマジ痛いんで離してください」


 つよしがウイちゃんにそう言うと、あたかも言葉の意味を理解したかのようにウイちゃんは咥えていたつよしの手を解放した。


「後で話そうってどゆことっすかー? それより今のは……」


 噛まれていた右手の状態を確認しているつよしに委員長が疑問を投げかける。僕も全く同じことを言いたかったところだ。


「そのままの意味だよ。スタジアムに戻ろう」

「でもショーはもう終わったっすよねー?」

「だからだよ。僕に何か聞きたいことがあるんだろう?」

「いや、ないっすけど」

「ないのか。じゃ――」

「僕にはあります」

「あるのか。じゃあ一緒に行こうか」


 僕が咄嗟に呼び止めるとつよしはそう言いながらスタジアムの方へと歩を進めていった。委員長には無くても、僕には聞きたいことがある。


 うぇんの行方は、どうなっているのか。


 僕は疑問を脳内に溜め込みつつ、つよしの背中を追いかけた。


「私も……聞きたいことあったから……ありがと……」


 僕の隣にやってきた白野さんが言った。


『最近少なくない数のYouTuberの行方がわからなくなってるみたいなんだ。因果関係はまだわかってないらしいけど、念のため気を付けてね』


 先日、斉藤先生が言った言葉が、脳内に響く。


 こんなことを聞かされて、そんな人間の関係者が、目の前にいる。


 黙って見逃がす訳には、いかなかった。


「僕は……マイクロレートの……ムギです。舞原、麦也です」

「そうか。君が……か。見違えたというか……なんというか……変わったな」


 僕がそう言うと、つよしは微小に、されど明瞭な声で、そう言った。


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