Part5 ルイちゃんはハンドウイルカ⁉

第39斤

 日曜日の朝。人波の喧騒と圧迫感の中、僕は淡い色合いの巨大で長方形の最寄り駅の駅ビルを真下から見上げていた。今日は白野さんと、あと委員長と一緒に鎌倉水族館に行く予定となっている。


 現時刻は午前9時30分。待ち合わせの時間よりも結構早く着いた。


『約束の時間は厳守すること!』


 頭のどこかで、いつかの誰かの声が響く。


 僕はこういう時、遅れることが無いように努めている。


 わっちんは昨日も雑談配信をしていたけど、今日僕らと水族館に行くという話は一切無かった。まあ言ってどうするって話だけども。偬鳴架ママと一緒にお出掛けするみたいなことくらいは言っても――まあいいか。


「ムーギーさーん」


 なんてことを考えていたら誰かに懐かしさを感じる呼び方で呼ばれながら肩をポンポン叩かれたので振り向いた。


「はよっすー」

「おはよう」


 声と触覚の正体は委員長だった。ゆるっとしたシルエットの白いパーカーに黒いフレアスカートというシンプルな出で立ちをしていた。でも靴はやたらと底の厚い黒いヒールを履いていた。妙にでかいなと思ったのはそのせいか。


「にしても早いっすねー。もしかしてちはるんと会うの楽しみにしてた系っすかー?」

「してた系だよ」

「即答っすかー。うちはてっきり『は、はあ!? そんなんじゃねぇし!?』みたいな答えが返ってくるものだとてっきりー」

「実際そんなんなんだから仕方ないよ」


 何度でも言うが、わっちんとデートをするなんて焼きバターであれば一生を使ってでも叶えたい夢だ。その夢が恐らく焼きバター最速で叶うのにを楽しみにしない理由の方が無い。偬鳴架ママもいるよというおまけつきだがまあいいだろう。


 そんな偬鳴架ママ――委員長――白崎雪さんは髪の毛をくるくると指で巻きながらスマホをいじるという器用なことをしていた。改めてそんな彼女の姿を見ると、小動物系というかゆるふわ系というか、刺さる人にはとことんまで刺さりそうなビジュアルだと思った。


 偬鳴架ママはTwitter上でしか情報発信は行っていないもの、絵柄やツイートの節々、たまにわっちんに送るコメントからしてどう考えても美少女であるという説が焼きバターの中で定着していた。が、まさか本当に美少女だったとは。しかもわっちんとクラスメイトだったとは。こんな奇跡があるのだろうか。


「どうかしたんすかー?」

「偬鳴架ママって本当に美少女だったんだなって」

「でしょー? もっと見ていいっすよー。ってそういうのはちはるんに言ってあげてくださいっすよー」


 委員長が小刻みに動いてミニスカートをひらひらさせながら言う。白くて健康的な太ももが露になって大変健康的であるがこれは本当にもっと見てしまっていいのだろうか。それに何だかパーカーの上からでもわかるほどの非常に健康な上半身にも目がいって――


「ムギさんの、えっち😳」


 僕は無言で委員長の頬を鷲掴みにした。


「はひひへふひひ」

「えっちなのは君の方だろう! それに何だムギさんって、この前までは舞原さんって呼んでたじゃないか」

「は、ははひへ……」


 またポンポン肩を叩かれたので手を離す。委員長は頬を痛そうにさすっていたが謝りたくはなかった。


「だってLINEの名前そうだったじゃないっすかー。それにムギってなんか可愛いじゃないっすかー」

「そうかな」

「そっすよー。ていうかやっぱりうちのことえっちな目で見てたんすねー」

「だから君がそういう風に見せてきたんだろ――」


 僕が言葉を言い切る前に委員長が急接近してきた。彼女の垂れ目と超至近距離で合う。同時に小さくて柔らかい手でぎゅっと手を握られ、離れるという選択肢を消される。


「88・60・85……」

「なんの数字だ!?」

「わかってるくせにー」


 一体何なんだこの子はと思っていたら、背後に殺気を感じて振り向く。


「なに……やってるの……」


 前から委員長の柔らかな身体を密着させられていた僕の後ろに、サメがデザインされたグレーのプルオーバーと同じく灰色のショートパンツを履いている白野さんが冷めた目つきで立っていた。なんか部屋着っぽいなっていうかなんか柔らかくてもちもちした感触が胸にするけど気にしないふりをする。


「ちはるーん。2人で、待ってたっすよー」

「2人で……」

「意味深な言い方はやめて頂きたい」


 僕が軽く委員長の頭を小突いたら「クリエイターの脳を攻撃しないでー」みたいなことを言い始めたところで白野さんに耳元で囁かれた。


「えっち……」

「だから違うんだよ!」

「なにが違うんすかー?」


 思わず大きな声を出してしまったら委員長に食いつかれてしまった。これ以上ここで委員長に喋られたら白野さんにどんどん誤解を与えかねない、ような気がした。


「じゃあ、行こうか」


 僕が少々強引に切り出して、駅の中を指さす。


「そっすねー。行きましょー」


 幸い委員長も素直に乗ってくれて歩き始めてくれた。よかった。


「ママにガチ恋……しないでよ」


 聞き慣れたわっちんの不機嫌な声を聴きながら、僕は白野さんの隣を歩き、人の流れに身を任せながら、駅構内へと入っていった。 

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