第17斤

『キェァアアアアアアアアアアアアア!!』

『ないすぅ~! じ~じ~』


 バトルロイヤルで最後まで生き残り、リムリムが喜びのあまり人間の声とは思えない声で絶叫した。超音波とも称されるこの声が癖になって依存症の如く聞くのがやめられなくなる人もいるらしい。めろんちゃんはそんな声に特に動じることもなく、一緒に喜んでいた。


『いい時間になってきたし、今日はここまでにしよっか! 勝ち逃げってことで!』

『そうだねぇ~楽しかったよ~』

『あたしこそ! じゃーまた!』

『またねぇ~』


 上機嫌のまま、リムリムとめろんちゃんは音声通話を終えた。それからリムリムは『ちょっと待ってね』と言い、配信画面を雑談モードに切り替えた。左側にリムリムの姿が大きく映し出されて、右側には『おつかれ~』『GG』『いいコンビだった』といった言葉が飛び交っているチャット欄が置かれていた。


『お疲れ様でした! チャンネル登録、高評価、Twitterのフォロー……ああ!』


 リムリムが明るい声のまま配信を終わらせにかかろうとし始めたところで、何かに気づいたような声を上げた。


『ん?』『どうした?』『ああ!』


『あたしTwitterでさ、わっちんがホラー配信やるよって言ったじゃん? 実はさ、アレあたしが勝手に言ったことなんだよね』


 リムリムがそれを暴露した瞬間、無言で配信を見ていたけど思わず隣の白野さんと目を合わせてしまった。


『ええw』『マジかw』『草』


『真に受けちゃった人がいちゃったらほんとごめん! でもね聞いて、あたしまだわっちんとあんま接点無いからさ、なんとかして関わりを持ちたかったの。で、あんなこと言っちゃったんだよね。ほんとに体調悪かったらどうしよう、気にしてなきゃいいんだけど……』


「スパチャしよう」


 僕は白野さんを見て、単刀直入に言った。白野さんは「うげりゃや!?」とまた変な声を上げた。


「今から配信やってやるよ! って送って」

「あ……うん……そうだね……」


 白野さんはそう言ってスマホを取り出し、そこからも配信を再生させた。


「300円でいいかな……?」

「30000円でいける?」

「さ、さんまん……いく……? いける……?」


 白野さんの目が置き場を無くしたかのようにきょろきょろし始めた。高額スパチャを受け取ることはあっても、送ったのはないのか。

 

「きつそうなら無理しなくていいけど」

「いや……さんまん……でやってみる……」


 白野さんは軽く呼吸を整えてから、スマホを両手で持ち「いまからはいしん……」と呟きながら画面を叩いていった。


「お、送った……! 送っちゃったぁ……!」


 白野さんが空気が多く混じった声でそう言ったところで、配信に映るチャット欄に黒和わわ/Wawa Kurowaから送られた『今からホラゲ配信やってやるよ🖕🤪🖕』という赤スパが表示された。


「なにこの絵文字は……」

「売られた喧嘩は買う……的な感じで……」

「ちょっと挑発的すぎると思うんだけど」

「そ……そうかな……」


 白野さんはもじもじしながら両手で僕に中指を立ててきた。それを見て僕は黙って彼女の頬を両手で摘んだところでリムリムが反応した。


『わわわあ! わっちん!! 今からホラゲ配信やってやるよって! この絵文字絶対怒ってるじゃんごめんなさああああい! ごめんささああああああいい!』


 リムリムは半ばパニックになりながら謝罪した。ところで白野さんほっぺぷにぷにだな。マシュマロと餅を重ね合わせたみたいな感触で、ふわふわしててもちもちしてて、ずっと触っていたくなる。


「ふふぁふぁあああ……!」


 白野さんが言葉になってない声を出した。歯並びも綺麗だ。


『じゃああの、これからわっちんが配信するみたいなのであたしはもう終わりにします! あ、でもその前にスパチャ読みするね!』


 リムリムがそう言ってスパチャを送った人の名前とコメントを読み始めた。にしても柔軟性と弾力性が素晴らしい。むにっ、むにむにむにっ。


「は……はいははふううん……」

『えっと……黒和わわさん。いつかあの……コラボしましょう!』

「ふえぇぇぇえ!?」

『そこで直接謝罪させていただきますので!』

「ふぁふぁふぁふぃふぃあふぁふぁふぁ!!」

「やっぱり、僕の思ったとおりだったね」

「ふぁうふぁあふぁあああ」

『じゃーみんな、ばいばーい! わっちんの配信めっちゃ楽しみ……あたしも見ます……w』


 配信はエンディングになった。柔らかなタッチのリムリムのイラストが画面一面に映し出される。白野さんのほっぺの方が柔らかいが。むぎゅ、むに、むにゃむにゃにゃ。むにゅうううううう。変な顔だ。


「ふぁふぃふぁふぁふい、ふぁふぁいふぁいふぁああ」


 白野さん、色白で綺麗な肌してるな。特にほっぺが滑らかで艶やかで温かくてもっちりしてて素晴らしい。齧りたくなってきた。どんな味がするんだろう。甘くて美味しそうだ。


「ふぁふぁいふぁいふぁふぁふぁいあ!」


 よし、齧ってみようと思ったところで、白野さんが僕を突き飛ばした。


 僕は今、何をしようとしていたんだ……? いや、そもそも何をしてたんだ……?


「えっち!!」


 頬を真っ赤にした白野さんが、涙目で僕の目の前にいる。そして叫んだ。


「え、えっち!? 僕が!?」

「ばかっ! へんたいっ!」


 白野さんは僕にそんな言葉を投げかけると、リビングから出て行ってしまった。


 僕は一体、白野さんに何をしたんだ……?


 手に残る妙な感触を感じつつ自問自答していたら、白野さんがリビングに戻ってきた。


「配信やるから……来てよ!」


 白野さんはそう言いながら右手で僕の手を一方的に掴み取ると、再びリビングから出て行った。僕を引き連れて。


「ここが……配信部屋!」


 そして白野さんは、左手で廊下にある扉を開けた。

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