第14斤

「えっと……じゃあ……一番スタンダードなすごろくモードで……」


 白野さんがたどたどしい手つきでほのぼのとした雰囲気のゲームセレクト画面を操作すると、キャラクターセレクトが表示された。


「まず、キャラクターを選んで」

「うん」


 キャラクターは、ハムスターのディエゴ、インコのロス、ヘビのシスコ、ネズミのちょうろうの4匹だった。


「なんでちょうろうだけちょうろうなんだ……?」

「私にもわかんない……」


 他の3匹はアメリカンな名前なのに、ちょうろうだけが明らかに浮いていた。名前だけじゃない。他の3匹はカートゥーン調な可愛らしい動物といった感じなのに、ちょうろうだけが妙にリアリティを感じるヨボヨボなネズミだった。


「私は……ロスで」

『あんた、私を選ぶなんて良い目してるじゃない!』


 白野さんがロスを選ぶと、ロスは羽ばたいてポーズを決めた。声を聞いた感じから察するに、ロスは快活系キャラなのだろうか。


「じゃあ僕はディエゴで」

『ロス! 今日こそお前の羽を1枚残らず毟り取ってやる!』


 ちょうろうを選びたい気持ちも湧いたけど、弱キャラ設定されてたりしたら嫌だなとも思ったので、無難そうな主人公のディエゴにしておいた……つもりなんだけど発言が初っ端から物騒すぎる。


「こんなのが主人公で大丈夫なの?」

「えっと……ロスとディエゴは仲が悪いみたいで……専用セリフに……」


 なんじゃそりゃと思いながらも、CPU2体にシスコとちょうろうが振り分けられ、カリフォルニアの港町っぽいところに4匹が飛ばされて、最初にゴールに辿り着けば勝ちというシンプルなすごろくゲームが始まった。ちなみにシスコはお嬢様っぽいキャラクターだった。ちょうろうは言わずもがなだった。


『順番だけど、当然私からよね!』

『はぁ!? 何言ってんだロス! 普通に考えて俺からだろ!』

『いいや、ここは間をとってわしからじゃな』

『ちょ、ちょっとみなさん!』


「すごろくやる前から揉めだしたんだけど大丈夫?」

「えっと……いつもこんな感じで揉めて……」


『いいわ! ならミニゲームで決めましょう!』

『ああ! 受けて立つぜ!』


 ロスがそう言うと、ディエゴも応じ、ミニゲームが始まった。ミニゲームは4匹がかけっこをして、最初にゴールに辿りつけば勝ちというこれまたシンプルなものだった。


「連打力勝負ってことか」


 ミニゲームの説明を見ると、ボタンを連打すればするほど加速すると書かれていたので、実質どれだけ速く連打できるかで勝敗が決まるんだろう。と思って横を見たら白野さんの口元が若干緩んでいるように見えた。


『スタート!』


 しかし僕の予想は大きく外れることとなった。確かに連打すればするほど走る速度は速くなった。冷房が効いている部屋なのに汗が滲み出てくるまで必死に連打したけど、それでも空を飛ぶロスには全く届かず、ロスがそのまま1着でゴールした。ちなみにちょうろうはゴールできずに終わった。


『私に勝とうだなんて身の程知らずにも程があるわよ! せいぜい翼を生やしてから出直してきなさい!』

「出来レースじゃん!」


 ロスの煽りに思わず叫び声が出てしまった。あれだけの連打で勝てないならどうやっても勝てそうになかったぞ。と横を見たら白野さんと目が合った。


「こうなるの知ってた?」

「ノーコメント……ぶぶっ」


 口元を抑えてなんとか笑いを堪えているようだった。これはもう絶対に知っている。でもいざサイコロを回すとあっさり1が出て「うげは!」という奇声を上げたので溜飲は下がった。


『こんなの何かの間違いよぉ!』


 そう言いながらもロスの順番は終わり、大差ではあるが一応2着だったディエゴ、つまり僕の順番になった。とりあえずサイコロを回してみると、7が出て、あっさりロスを抜き去っていった。


『先に行くぜ!』

『ちょっとは待ちなさいよ!』


 そんな掛け合いがなされた後、CPUのシスコの順番になり、サイコロは10が出た。


『ご、ごきげんよう……ですわ!』


 少し照れが入っててちょっと可愛い。ヘビだけど。


 最後にちょうろうのターンになり、ヨボヨボの身体でなんとかサイコロを投げ飛ばすと、普通に5が出た。


『普通じゃな』


 ちょうろうはよろよろとマスまで歩いた。


 全員の順番が終わると2vs2のミニゲームが始まった。今度は二人三脚でゴールまで先に辿りついた方が勝ちというものだった。ポイントはボタンを押すタイミングを2人で合わせることらしい。そして僕はちょうろうとチームを組むことになった。大丈夫だろうか。


『スタート!』


 しかしミニゲームが始まると不安は杞憂に終わり、僕とちょうろうは見事に息を合わせ、あっさりとゴールした。ちなみに白野さんのロスとシスコは少しも歩けず終わった。白野さんは愕然としていた。


『やったぜちょうろう! 俺たちの勝利だ!』

『ふぉっふぉっふぉ!』

『ヘビと二人三脚なんて出来る訳ないじゃない!』

『なんでこんなミニゲームあるんですの!?』


 ロスとシスコは文句を言っていたが、勝ちは勝ちだ。ちなみにミニゲームに勝つと回せるサイコロの数が増えるらしかった。これは正直ラッキーだ。


『み、見てなさい!』


 無言になっている白野さんの気持ちを代弁するかのようにロスが言い、サイコロをぶん投げた。10が出た。


『ばいばーい♡』


 上機嫌になったロスが全員を抜き去る。白野さんももう表情を隠さなくなっていて、完全に口角が上がっていた。笑ったり、驚いたり、意外と感情豊かな子なんだな。


 僕の順番になると、サイコロが2つになった。それを回すと7と4で合計11になった。

 

『ふはは! こっちは2つ回せんだよ!』

『むかつくぅぅ!』


 ディエゴが再びロスを抜き去る。ロスのセリフに合わせて白野さんが僕の肩をぺちぺち叩いてきた。頬がぷくっと膨らんでてちょっと可愛い。


 それからシスコとちょうろうのターンが終わると、4人対戦のミニゲームが始まった。どうやら今度はチーズ早食い対決みたいだ。またもやボタンを連打すれば食べる速度が速くなるらしい。どうせこれもネズミのちょうろうが勝てるような設定に――


『齧るより、飲み込む方が早いんですのよ♪』


 なってなかった。ちょうろうもちょうろうなりに頑張っていたが、シスコが一瞬でチーズを丸飲みした時点で勝敗は決していた。ちなみにディエゴは途中で胃がもたれてリタイアしてしまい、ロスは食べる速度があまりにも遅すぎた。


 そんな感じでひたすら出来レースのようなミニゲームが続いていき、結局ちょうろうが最初にゴールまで辿りついてすごろくは終わった。


『ま、わしに敵う者はいない、ということじゃな』

「どうしてこうなった!?」

「私だってわかんないよ!」


 敗者の烙印を押された僕はコントローラーをテーブルに投げ飛ばしながら叫んだ。白野さんもコントローラーを持ちながら頭を抱えた。


「この前やったときはロスが圧勝してたのに!」

「やっぱり知ってたんじゃん!」

「うぐ……だ、だって……」

「だって?」

「舞原くんを……ぎゃふんと言わせたかった……ずっと舞原くんのペースに……振り回されてる感じがして……それで……」

「君がわっちんだった時点でもうぎゃふんだよ!」

「うべばっばあ……」


 白野さんはまたしても意味不明な言葉を発しながら、コントローラーを置いた。スマホの時計を見ると、時刻は18:12と表示されていた。なんだかんだ文句を言いつつもかなり長い時間やってしまっていたみたいだ。もしかするとディエゴパーティーには謎の中毒性があるのかもしれない。


「もうとっくに18時過ぎてるよ」

「え!?」


 僕の声に驚きつつ僕のスマホを見て時間を確認すると、白野さんは慌ててゲーム機の電源を切って画面をYouTubeに切り替えた。そしてすぐにリムリムの配信を開いた。


『キェアアアアアアアアアアア!!』

『うまくいかなかったねぇ~』

『まあまあまだまだ最初だし! 今のでちょっと温まった気がするし!』

『そうだねぇ~』

『うん! これからに期待ってことで!』


 するとすぐ、超音波ボイスと高級なメロンパンみたいにふんわりした声のやり取りが聞こえ始めた。画面右下には超音波ボイスの持ち主であるクリームパン系VTuber、繰夢ムリムの姿が映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る