第13斤
白野さんの言う通り、玄関のすぐ近くにあった扉の先に脱衣所も兼ねているらしい洗面所と浴室はあった。そこにはどこにでも売っていそうな洗面用具や、どれがどういう名前でどういう役割のものなのかさっぱりわからない化粧道具、コードがやたら長そうなヘアアイロンやドライヤーなどが綺麗に整頓されていた。
扉を閉めてから、濡れてぴっちり身体にまとわりついた衣服を脱いだ。試しに絞ってみたら雑巾みたいに絞れてしまった。どこに置こうかと迷ったけれど、とりあえずドラム式の洗濯機の上に置いておいた。洗濯機の中は空だった。
これまた綺麗に掃除されていた浴室に入り、新しそうなシャワーを浴びていると、洗面所と廊下を繋ぐ扉が開いた音がしてすぐにまた閉まった。多分白野さんが着替えとかを持ってきてくれたのだろう。
それにしても、女の子の家に入るのなんていつ振りだろうか。思い出してみると、そこまで久々というほどではないように感じた。ただ、女の子の家でシャワーを浴びるというのは初めてかもしれない。
そんなことを考えながら温かいシャワーをしばらく浴び続け、砂利や泥で汚れて冷えた身体が元に戻ったところで、浴室から出ると、丁寧に畳まれた服とバスタオルとビニール袋が浴室に入る前まではなかった洗濯カゴの中にあった。
バスタオルで身体を拭いてから、服を見てみると「目指せノーベル賞完全制覇!」と書かれた6周回って頭が悪すぎるLサイズの黒Tシャツと、薄いピンク色のスウェットのズボンだった。下着は無かったので一応履いていたパンツの状態を確かめてみたが、やっぱり若干濡れていたので履きたくは無かった。でも下着無しという訳にもいかなかったので、我慢して履くことにした。
「ありがとう」
着替え終わった後、リビングらしき部屋に入ると髪をタオルで拭いていた白野さんがいたのでお礼を言った。
「じゃ、じゃあ私も……」
白野さんは僕を見ると、そう言ってリビングから出て行った。そうして無人になったリビングを眺めてみる。窓からの眺めは僕の部屋から見る景色とは大違いであった。隣でもこんなに景色って変わるものなんだな。
2人掛けくらいのシンプルなグレー色のソファに座って、前にあったテーブルに置かれているリモコンを取ると、目の前にある大きなテレビの電源が付いた。リモコンにYouTubeのボタンがあったので、それを押すとすぐにYouTubeが開いた。表示されているアカウント名を見るとやっぱり「黒和わわ/Wawa Kurowa」となっていた。
再生履歴を見ると、他のぱんぶれのメンバーの配信でほとんど埋め尽くされていたけど、ドリーマーズオブザーサイ関連の動画や切り抜きもいくつか散見された。そういえば暴言か何かで炎上してたっけ。白野さん――わっちんも炎上とか気にするタイプなんだろうか。今まで炎上はしてないと思うけど。
トップ画面に戻ると、拳銃を構えるリムリムのイラストが描かれたサムネイルで、18時から配信予定と表示されている動画の他に「【ブホホ】ブヒヒブーブーブヒヒブホホブヒホーン【ブホブヒブー】」というタイトルで、ピンク色の全身タイツを着て豚耳と豚鼻を付けた人が真顔で立っているだけというサムネイルの動画があった。投稿者はドリーマーズオブザーサイだった。
再生すると、サムネイルの豚コスプレの人が深く頭を下げた。そして『
『
『
『
どうやらアンチを豚扱いしたことについての謝罪らしいが、これは謝罪動画なのか? それとも皮肉か何かのつもりなのか? 本気でやっているのか、ふざけてやっているのか、僕にはわからなかった。
「えっと……」
後ろからわっちんの声がしたので慌ててテレビの電源を切る。振り向くと、チワワがプリントされているゆったりとしたルームウェアを着た白野さんが俯き加減で恥ずかしそうな表情をしながら立っていた。
「可愛いね。制服よりこっちの方が好き」
「ぶほぶっぼべばばぶっぶ!?」
素直に感想を言ったら白野さんまで豚になったのかと思うくらいの奇声を発した。
「も、もう!」
白野さんはぷんぷんしながらキッチンに行き、ガラスのコップを2つ取り出して、ペットボトルの水を注ぎ始めた。
「ん!」
注ぎ終わると、僕の隣に座り、コップの片方を差し出してきた。
「ありがとう」
お礼を言った後、一気に飲み干す。白野さんはちびちび少しずつ飲んでいたが、まだ半分以上残っている状態でコップを置いた。そして下を向き、ルームウェアを握り締めながら小さく口を開き始めた。
「えっと……その!」
「なに?」
「私とゲーム……しない……?」
「いやいや、ホラゲは君がひとりでやらないと駄目でしょ」
「そ、そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
一体何を言おうとしているんだろう、と思っていたら白野さんがテレビ台を指さした。見るとそこには何台ものゲーム機が置かれていた。
「まだムリムちゃんが配信するまで時間あるし……一緒にゲーム、やらない……?」
白野さんがもじもじしながら言った。そういうことか。
「いいよ。何する?」
僕が返事をすると、白野さんは少し明るい表情になり、慣れた手つきでテレビと2世代くらい前のゲーム機の電源を付けた。そしてテレビに表示されたゲーム画面を見ながら言う。
「あの、これ、ずっと前に買ったんだけど、他にやる人いなくて……」
「どんなゲーム?」
「ディエゴパーティーっていって……えっと……ハムスターの男の子が主人公のパーティーゲームで……ひとりでやっても味気なくって……配信でやるにもどうにも……だから……」
「やりたいなら、やってみようよ」
「う、うん!」
白野さんは更にもう1段階明るい表情になり、僕にもコントローラーを渡してくれた。
やっぱり女の子は、笑っていた方がいい。
僕はその笑顔を見ながら、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます