第12斤

「一応聞いておくけど、傘とか持ってきてる?」


 放課後、昇降口からマシンガンみたいな音で激しく降り注ぐ雨と暗く変色した道を見ながら、隣で靴を履き替えている白野さんに尋ねた。


「持ってきてない……」


 消え入りそうな声で、そんな返答が返ってきた。昼休みのあのリアクションで察しはついてたけど、やっぱりそうだったか。


「じゃあ仕方ない。全力で走って少しでも濡れないようにしよう。ここまで強く降ってたら歩こうが走ろうが意味ない気もするけど」

「ご、ごめん……」

「まぁ、持ってきてくれてたらよかったなぁとはちょっと思ったけど、それ言うなら折り畳み傘とか鞄に入れてなかった僕も悪いし」

「う……でも……」

「とりあえず、行こうか」


 僕は申し訳なさそうな表情をしている白野さんより先に、昇降口の扉を開けて、外に一歩踏み出した。すると水の銃弾が頭上から僕を何度も撃ち始めた。髪とポロシャツが一気に濡れて、べったりとした気持ち悪い感触が肩に走る。白野さんも僕に続いて外に出てきたけど濡れた瞬間「うびゃあ!」と鳴いた。


 足を踏み出す度、靴の中に水が侵食してくる。前髪が濡れて視界が悪くなったのでかきあげる。鼻の中にも水が入ってプールにでも入っているのかという錯覚を覚える。そんな中、後ろを振り向くとあわあわしながら駆け足でついてきている白野さんが雨で作られたノイズの中、視界に映った。髪型が崩れててちょっとだけギャップ萌えを感じる。


 それから僕たちは会話もせず、というかする余裕もなく、ただひたすらに帰路についた。


「じゃ、一度着替えてくる。さすがにこの濡れた服のままでいたくないし」


 こうしていつもより早く家に辿りつくと、僕は白野さんにそう言って自分の家に戻ろうとしたけど白野さんにポロシャツを掴まれてそのまま半ば強引にマンションの中まで引っ張られた。マンションの自動ドアが開いて銃撃が止み、音が静かになって、閉まった後、白野さんが僕と向き合い口をぱくぱくさせ始めた。白野さんも前髪が消失していた。こんな眉毛してたんだな。ちょっと可愛い。


「今……家に帰っても……どうせまた雨で濡れる……し……私もまたここまで戻らないとだから……そのままで……いい」

「でもこの服ままじゃ嫌なんだけど」

「シャワー……使っていいから……着替えも……オーバーサイズくらい持ってるから……それで……」


 そう呟きながら白野さんがオートロックを解除すると、さらに奥へと続く自動ドアが開いた。そのまま彼女は僕よりも前を歩き、エレベーターのボタンを押す。エレベーターが着くと、手招きしてきたので僕もそれに乗る。


『あまり気を遣いすぎないこと!』


 頭の中で、いつかの誰かの声が響く。


 変に反抗しても、何も意味はなさそうだった。


 身体が少し重くなる感覚の後、エレベーターが止まり、扉が開いた。彼女の部屋は、最上階に位置していた。


「すぐ隣が洗面所と浴室だから……着替えは……その……間に持ってくるから……」


 白野さんはそう言いながら部屋番号が記された扉の前に立ち、開錠して部屋の中に飛び込むと、そのまま一目散に廊下の奥まで走って消えてしまった。


 入っていいんだよねこれ? いやもう入るしかないんだけども。


「おじゃまします」


 びしょ濡れのローファーだけが残された無人の玄関で、僕は挨拶をした。

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