第11斤🥐
6時間目の体育の授業は本当なら外で陸上競技をやる予定だったらしいけれど、昼休みの終わりごろから降り始めた雨が止まないどころかどんどん勢いが強くなり続けてしまっていたので、体育館でのバレーボールに急遽変更となった。
バレーは球技の中でも難易度が高いと言われているから多少下手くそでも悪目立ちしないのはいいんだけど、レシーブにトスにスパイクと、ボールを手と腕で飛ばし続けたから腕がヒリヒリして痛い。
「これ……大丈夫かな……?」
今はそんなお仕置きみたいな授業が終わって、更衣室で着替えているところだ。ジャージを脱いで両腕の状態を確かめてみたけど、ボールが当たっていたところがくっきり真っ赤に変色していた。今日の配信に影響出ないといいけど……。
「結局やる気になってんじゃん……私……」
配信への影響を自然と考えてしまうほど、『黒和わわ』が自分の一部になっているんだと改めて感じた。やっぱり引退は、出来そうにない。いや……したくない。これからも私はわっちんであり続けたい。だって、私は――。
「ちはるーん、なーにやってんすかー」
「べいやあじゃ!?」
ジャージを脱いだまま考え事をしていたら突然横から声を掛けられたのでびっくりして変な声を上げてしまった。配信では『奇声助かる』なんて言われたりするけど、私としてはもう少し可愛い声で悲鳴を上げたいのに。
私に声を掛けてきたのはクラスの学級委員長の
「着替えないんすかー?」
「き、着替える……!」
慌てて体操服を脱いで、制服のブラウスを手に取ってそのまま袖を通す。変な目で見られてないよね!? いや変な目で見てたのは私なんだけども!
「ところでなんですけど、いつの間にか舞原さんと仲良くなってたんすねー」
「べばらじゃあふぁあ!?」
「なんてー?」
「いや……どうしてそんなこと聞くの……?」
「だって気になりますよー。昼休み色々話してたっぽいじゃないすかー」
「そ、それは……!」
言えない。これ以上黒和わわだってバレたら、どうなっちゃうんだろう。考えれば考えるほど、心が闇に蝕まれていきそうになる。でもどうしよう、どうやって言えばいいんだろう。正直に何を話してたかなんて絶対に言えないし何も言わなかったら余計に怪しまれるだろうし一体どうすれば……。スカートのチャックを閉めながら思考の迷路で答えを探し求める。
「告られたりとかー?」
それだ。私は超高速で何度も首肯した。
「え」
雪ちゃんは絶句した。舞原くんにはちょっと悪いけど、私を好きだって言ってくれて――本当に好きなのは私じゃなくてわっちんなのかもしれないけど――今はなんだっていい。黒和わわだって、白野知晴なんだから。
「私のことが好きだって言ってくれたんだけど……でも……付き合うのはまだ……お互いのことを知ってから……みたいな……」
「お友達からはじめましょー、的な?」
「そ、そう!」
「ほほぉー」
ちょっとにやけた表情を見るに、雪ちゃんはこれで納得してくれたみたいだった。拭いきれそうにない罪悪感が背筋を伝う。けど、そう言うしかないんだ。ごめんね。と心の中で彼女に言う。
「ちはるんも隅に置けないっすねー。こんなにあっさり男子を落としちゃうなんてー」
「あ、あはは……」
「ま、頑張ってくださいねー」
「う、うん……」
一足先に着替えが済んで更衣室を後にする雪ちゃんの背中を、ブラウスをスカートの中に入れながら見送った。違う、違うんだよ。舞原くんは、きっと、ずっと前から私のことを――。
「言えるわけ、ないよ……」
私は思い浮かんだ言葉を、口の中に押しとどめて、飲み込んだ。
その言葉を彼女に言える日は、来そうになかった。
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