第10斤

 昼休み開始のチャイムが鳴る。


 黒和わわは南極海の外側に多く分布しているが、南極大陸には近づかない。クロワッサンは哺乳類だが、バターに適応した体をしている。クロワッサンはクリームパンとなり、発達した大きなホラーが更なる進化を生み出す。


 疲労でまともに思考を巡らせることができないことがわかったので、何も考えないまま朝買ってきた和風ツナパンを食べた。笹窯ボコがいつかの配信でおすすめしているのを切り抜きで見たことがあることは買ってから思い出した。おすすめするだけのことはあった。3分くらい掛けてそれを食べ終わったところで隣を見ると、白野さんが淡いピンク色の弁当箱を両手で持っているのが目に入った。


「それ手作り?」

「うん……ひとり暮らしだし……」


 何の気もなしに尋ねると、白野さんは口に含んでいる食べ物を飲み込んでから、僕を少しだけ見てそう返してきた。


「だから……来てよ……他に呼べる人いないし……」

 

 それから、念を押すかのように付け足してくる。


「そりゃ行くって言ったから行くけど、どうせならリムリムと一緒に配信したらいいのに」

「いや……それは……ムリムちゃんも忙しそうだし……」

「でもわざわざ関わってきたってことは君と配信したいってことなのかもしれない」

「それは……」

「それは?」

「わかんないよ……」


 白野さんは消え入りそうな声でそう呟くとまたもそもそと弁当を食べ始めた。仕方ないので僕も麦茶を飲んで喉を潤す。それからTwitterでリムリムの今週の配信予定を見てみると、今日はめろんちゃんとGoddess Shooting Bible、明日はお休み、明後日以降はなんか面白そうなことやるよ! となっていた。


 ちなみに「Goddess Shooting Bible(通称:GSB)」とは、現在全世界で最も多くのユーザーにプレイされているFPSである。可愛らしい女神が物騒な銃をぶっ放す世界観とオンラインマルチプレイが高い評価と人気を博しており、VTuberも数多くこのゲームの配信をしている。というよりわっちんがこの前配信していたFPSというのがまさにこれだったりする。ただし僕は1ミリもプレイしたことはない。


 明後日以降の予定については未定の言い方をなんか可愛い感じに変えているんだろう。説明終わり。


「明後日以降ならコラボできそうだよ。連絡すればだけど。あとリムリムも今日配信するみたいだから配信時間はずらしておいた方がいいかも」


 今知った情報を、とりあえず白野さんに報告しておく。どうやら弁当を食べ終えたらしく、弁当箱を丁寧に巾着袋にしまった。それから僕を怖い犬と対面してしまったかのように不安そうな目で見た。


「ムリムちゃんに……連絡していいのかな……?」

「いいんじゃない? というよりむしろ連絡して欲しいんじゃないかって思ってるんだけど」

「そうなの……かな」

「きっとそうだと思うよ。人と関わりたくて仕方ないって感じの子っぽいし」


 白野さんは僕の返答を受けて、少しだけ表情をやわらげた。そして昼休み終了のチャイムがなる直前に、こう呟いた。


「考えとく……」


 その言葉を聞いて、もしかしたらわっちんとリムリムのコラボが見られるのかもしれないんじゃないだろうか。そういえばリムリムはどこにいる人なんだろうと思いながら窓から外を眺めると空が鈍色になっていて、ぽつぽつと音を立てて大粒の雨が降り注ぎ始めていた。そう思っている間にも雨足は強くなり続けている。


 朝は普通に晴れてたから傘なんて持ってきてないぞ。これだから6月は困る。


「うべえあえあ……」


 僕と同じように窓を見た白野さんは、またもや解読不能な声を出した。

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