第6斤

 未だに明るい帰り道を、僕は歩いている。


 白野さんの後ろを、3歩ほど離れて。


「えっと……舞原、くん……?」


 周囲にこれといったものは特に何もない歩道の上で、白野さんが呟きながら急に立ち止まって振り返り、間隔が一気に狭くなった。彼女の目の周りは、ほんのり赤くなっていた。それと、ちょっと高めで耳にまで一直線で届くようなこの声を聞くと、やっぱり彼女がわっちんなんだなと改めて認識させられる。


「なんで、ついてくるの……?」

「ついてきてる訳じゃない。僕も同じ道なだけだよ」

「そ、そっか……」

「うん」


 気まずい。 

 

 やっぱり、強引にあんなことするべきじゃなかっただろうか。でもああでもしなければ今頃どうなっていたか。


「あ、あのさ……」

「ん?」


 ほとんど横並びになって再び歩き始めていると、白野さんがまた呟いた。


「好き、なの……?」

「うん。ガチ恋勢だと思う。ていうかさっき言ったじゃん」

「それは……そうなんだけど!」


 何が言いたいんだと思っていたら、彼女はこっちを見て、ひときわ大きな声を上げた。


「黒和わわじゃなくて、私はどうなの……?」

「それはつまり、わっちんじゃなくて白野さん自身ってこと?」


 彼女は無言で首肯した。顔をちょっと早い夕焼けのように赤く染めて。


「どうなの……?」

「それはちょっとわかんないよ。だってそういう意味では、君と僕はほぼほぼ初対面だし」 

「そ、そっか……そうだよね」

「わっちんやってる君が本当の君なら、きっとすぐ好きになるよ。今のもじもじしてる君が素なら時間がかかると思うけど」

「それは……えっと……わわやってる私が……本当の私だったらいいなって……思ってる」

「じゃあ好きってことでいいよ」

「じゃあって……なんでそんな軽々しく……」

「軽くないよ。僕がわっちんに抱いている感情は」

「なら……付き合う……?」

「君がそれ言うのか」

「ふふぇらふぁい!」

「今のはわっちんぽかった」

「うぐぅ」


 わっちんぽいっていうか、本人だろうけど。


「でも、わっちんと付き合えるのならガチ恋勢としては願ったり叶ったりだよ」

「じゃあ……今から……付き合ってるってことで……」

「そんなぬるっとっていうか、ガッタガタっていうか、そういう感じで恋人同士になるつもり?」

「だ、だって……こんなの……初めてだし……っていうかいつまでついてくるの!?」


 気づけば僕の家から5分くらいの場所にある公園の前まで来ていた。ここまで一緒ってなると大分家が近い感じがしてくる。


「僕も同じなんだよ」

「ま、まだ……?」

「という訳で、僕と付き合ってください」

「ふぇえあ!?」

「こういうこと言わないと後々変になるでしょ。僕たちほんとに付き合ってんだよね? みたいな感じになりそう」

「だからなんでそんなこと平然と言えるの!?」

「平然と言えなくて後悔したから」

「いいんだよそれで! 普通は平然と言えないんだよ!」

「よくない」


 僕がはっきりそう言ったら、氷が溶けていくように段々柔らかくなっていた彼女の表情がまた固くなった。


「ご……ごめんなさい……」

「怒ってないからいいよ」

「今の言い方は怒ってた!」

「だから怒ってないって」

「怒ってた!」

「怒ってない」

「私はちょっと怒ってるもん!」

「なんで?」

「だ、だって……まだ……」

「まだ?」


 ぷんすか頬を膨らませたかと思ったらまたシュンとなった。感情のジェットコースターか。ゲームしてるときのわっちんはもうちょっと冷静な気がするぞ。


「私の返事を聞いてくれないもん!」

「そっか。僕が君を好きでも、君が僕を好きだとは限らないよね。大事なことを忘れてたよ」

「忘れてたって……」

「それで、君の返事は?」

「ああぅ…………私だって……まだ……舞原くんを好きになるかどうかなんてわかんないよ……。でも……私のことが本当に好きなら……付き合いたいって……思ってる……ずっと……夢だったし……」

「夢って?」

「だああぁ!?」

「だああ?」

「い……言いたくない!」

「そっか」

「そっかで済まされてもなんか凹むんだけど!」

「言いたくないなら言わなくていいよ。めんどくさいな」

「めんどくさいって! ほんとに私のこと好きなんだよね!?」

「今みたいにはっきり喋るわっちんみたいな君ならね」

「じゃ、じゃあもう!」


 すると、白野さんは急に僕の手を掴み取ってきた。柔らかくて、すべすべしてて、温かな感触が手の甲に伝わってくる。自然と顔も向き合う形となったけど、彼女の顔は今まで見たことも無いほど、真っ赤になって、涙目になって、可愛かった。


「私でいやらしい妄想してる変態! バカ! わっちんprprとかキモい! エッチな絵にハッシュタグ付けるな! ていうかエッチな絵自体描くな! スパチャで読めない名前で読めない文章送って来んな! 喘ぎ声みたいな切り抜き集作るな! ていうか切り抜きはちゃんと許可取れ! わっさんって呼ぶな! いちいち反応すんのもうめんどいんだよ! この変態があああああああああ!!!」

「僕はそんなこと一度もやってない。他の人と混同して同一視しないで頂きたい」

「ぶうぶぶえっべえれらあああ!!」

「それが君の本当に本当の素の性格なのか? わっちんはいつでも焼きバターを優しく受け止めてくれる存在だと思ってたけど」

「焼きバターのみんなは私も好きだよ! でもいつもいつでも何をされても優しくできると思わないでよ! 私だって生身の人間なんだから! 何がクロワッサン系VTuberだああああ!」

「君がそれ言うか?」

「大体クロワッサンがクロワッサン食べてどうするんだよ! 共食いじゃん! 私が誰よりもずっと言いたいけど我慢してるんだよ!」

「ああ、うん、それはそうだね」

「これが本当の私! 白野知晴で黒和わわ! それでも私のこと好きだって言える!?」

「ああ、は、ははあ……」

「そこははっきり言ってよ!」

「ところで大分視線を集めてるけど大丈夫?」

「ふぇえ?」


 周囲を見ると、公園にいる人や、近くを歩いている人や、近くの店の店員さんまで、みんなが僕たちを見ていた。白野さんもそれを知ったようで、急にまた静かになった。


「も、もう帰るから!」

「そっか。じゃあ僕も」

「だからなんでついてくるの!?」

「僕も同じ道なんだよ」

「いつまで同じなの!? 嘘ついてないよね!?」

「嘘じゃないよ」

「うぐうう!」

 

 それから白野さんは僕に目もくれず、小走りになり始めた。僕との距離がまたゼロから遠ざかっていく。


 そして5分後、彼女は立ち止まった。


 僕の家の隣にあるマンションの前で。


「まさか席だけじゃなくて家まで隣だったとは。びっくりだよ」

「な、なんで!?」

「なんでって、そうなってるからとしか言いようがないんだけど」

「今まで知らなかったんだけど!」

「僕もだよ」


 彼女は僕の家の門にある「舞原」という表札を見て愕然としていた。


「え……これ……ええ……!?」

「とりあえず、これからよろしく」

「よろしくしない! まだ付き合うつもりはないから!」

「ええ……」


 自分から付き合いたいって言ったのに。そう思っていると、白野さんはマンションの入り口まで僕を見ながら近づいていっている。


「もう! 訳わかんない!」


 そうして彼女はマンションの中へと吸い込まれていった。僕だってもう訳がわからない。結局今日一日で何が起こったんだ?


 それから頭を悩ませ続けているうちに夜になったが、その日のわっちんの配信は体調が優れないとか何とかという理由でお休みになった。後日お詫びの意味も込めてホラーゲームの配信をするらしい。


 なんでお詫びにホラーゲームの配信をするつもりなのか隣のマンションまで行って問い詰めたかったが、オートロックに阻まれそうだったのでやめた。

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