第4斤

 翌日の朝。


 僕はコンビニで麦茶とクロワッサンを購入し、クラスの中では6番目くらいに早く登校した。クロワッサンといってもどのクロワッサンにするべきか迷ったが、結局ドリーマーズオブザーサイがおすすめしている濃厚バター香るクロワッサンなるものにしておいた。


 知っているとは思うが、ドリーマーズオブザーサイについても説明しておく。YouTuberという職業が日本に持ち込まれた黎明期から活動を続けており、チャンネル登録者数は500万人を優に超える男性5人組のYouTuberだ。メンバー名は確か、うごた、つよし、むさし、いいだ、うぇん。だったはずだ。うごたはグループのリーダーであり、所属事務所「ZZZ Creatorsスリーゼットクリエイターズ」の社長でもある。はずだ。正直なところ、名前だけは知っているけど動画はあまり見ていない。


 いつのまにかこうして脳内で誰かに説明するのが癖になってきてしまっている。治せるのなら治すべきなのだろうけど、一度癖になってしまったものはなかなか治せない。いくら説明しても返事もお礼も来ないのに。


「え、えっと……おはよう……舞原……くん」


 そんな自省をしていたら、隣の席の白野さんがやって来た。


『やりたいことがあったら、迷わずやること!』


 いつかの誰かの声が響き、僕はその声に従い、クロワッサンを手に持ちながら口を開いた。

 

「白野さん、これ。クロワッサン。迷ったけど、ドリーマーズオブザーサイがおすすめしてるやつにしておいた」


 僕がそう言った瞬間、白野さんの顔の周りだけ、時間が停止したかのように凍り付いた。そしてそのまま脇目もふらず教室から走り去っていった。僕は椅子から立ち上がり、すぐに彼女を追いかけた。



「白野さーん!」


 生徒だらけな廊下をうねるように歩いていると、教室に向かう人波を鮭の如く逆流している彼女の後姿を見つけたので、名前を呼ぶ。しかし彼女は止まる気配を全く見せない。まずい、このままだと女子トイレに入るぞ。その前になんとかしないと、と思っていたら何とか彼女に追いつくことが出来たので、急いで彼女の右手を掴む、と同時に尋ねる。


「君わっちんだろ!」

「黒和わわなんてVTuber知らないもんっ!」

「なんでわっちんで黒和わわだってわかるんだよ!」

「そ、それはっ……!」


 白野さんは僕に手を掴まれたまま黙って足を止め、無抵抗になった。顔を隠すように俯き、表情は窺い知れない。


「わっちん、なんだよね」

「あ……あの……ほ、放課後! 放課後まで待って……下さい…………お願い、しま……す」


 黒和わわは白野知晴であると確信した瞬間、彼女がそう言ったので、僕は手を離した。


「わかった。じゃあ放課後、他に誰もいなくなってから話そうね」


 僕は彼女の言葉を信じ、先に教室に戻った。それからしばらくして、白野さんも戻ってきた。


 なお、先生諸君は昨日と同じように放課後まで僕に質問を延々と続けた。

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