第3斤

 午後9時。


 黒和わわは今日も元気に生配信をしていた。他のVTuberや配信者も多くプレイしているFPSをやっている。FPSは大会などが多く開催されていることもあり、ゲーム配信の中でも特に力を入れていた。僕自身はFPS経験はゼロなので戦略やテクニックの類の知識は一切持ち合わせていないが、彼女がめちゃくちゃ上手いことは分かる。


『えっと、今日あった話なんだけどさ』


 目の前に現れた敵を冷静に対処しながら、彼女が関係ない話を始めようとしていた。手早い操作をしながら雑談を繰り広げる彼女の姿にはいつも感嘆とさせられる。


『なになに?』『ほうほう』『聞きたい』


 彼女が発した言葉で、チャット欄にもそのような文字が一気に流れ始める。


『今日さ、友達からメロンパン貰ったんだよねw』


『メロンパン?』『なんでw』『草』


『なんで貰ったのかっていうとね……えっと、友達が持ってた麦茶私の服にこぼしちゃったんだよね。もちろんわざとじゃなくてちょっとしたアクシデントだったんだけど、友達はすごく申し訳なさそうにしちゃってて』


『あらら』『大丈夫?』『災難だったね』


『私は別に大丈夫だから気にしないでーって言ったんだけど、友達はどうしても私にメロンパンを貰って欲しかったみたいで結局受け取っちゃったんだよね。まあ……美味しかったよねw』


『草』『なんでメロンパンw』『クロワッサンだったらよかったのにw』『美味しかったんだw』


『あ! そうだよ! なんでクロワッサンじゃなかったんだろw あのー、ありえないと思うけど、もしこの配信見てたら次はクロワッサンにしてくださいw 私クロワッサン系VTuberなのでw』


『図々しいw』『友達見てるー?』『それがありえるかも』『メロンパンはめろんちゃんだよねw』『ミルク色の異次元』『クロワッサン系って何だよ定期』『そもなんでこぼれた?』


 メロンパンか。そういえば今日僕もメロンパン絡みの出来事があったな。面白い偶然もあるものだな。


 いや、これは本当に偶然なのか? 麦茶をこぼしてメロンパンを献上する人間が、今日僕の他にもいたのか? いたとしたらそいつは何で麦茶をこぼしたんだ?


『なんで麦茶がこぼれちゃったのかっていうと、他の人が近くを結構なスピードで通り過ぎて、それでバランスをちょっと崩してって感じだったかな。でも誰も悪くないと思うよ。こぼれた量もほんのちょっとだったし。でも太もも拭かれたときちょっと変な声出ちゃってめっちゃ恥ずかったw』


「俺じゃん!」


 俺じゃん。一人称が変わってしまうくらいびっくりしたぞ。いや待てちょっと待て。となるとつまり。


 わっちんの前世中の人は……。


『あーやられた!』


『NF』『あちゃー』『クロワッサンだったら勝ってた』

 

 彼女のキャラクターが敵にキルされたところで、僕の思考も止まった。


 とにかく明日、試してみるしかない、か。

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