第5話 20枚って言わなかった?
半年前のことだった。
パーティメンバーであるルシオラから、クエスト報酬の前借りと、借金の申し出を受けたのだ。
「里親に任せている妹が、珍しい病気にかかったそうです。治療費は高額ですが、支払えなければ妹は死にます」
そう相談を受けて、俺はパーティリーダーとして出来得る限りのことをした。
可能な限りルシオラをクエストに参加させ、彼女の報酬額を増やした。
個人の預金や自分の名義で借りられる借金も、全額彼女に渡した。
しかし、彼女の妹は良くならなかった。
里親に請求されるのはとてつもない金額で、2人で工面できる金は限界を迎えた。
「パーティのみんなに相談してみよう。きっと、力になってくれる」
俺はそう提案したが、ルシオラはそれを拒否した。
「私はパーティに加入して日が浅い身です。借金があるなんて知られれば、仲間からの信頼を失って、クエストができなくなります」
難しい単語がいっぱい出てきて、ルシオラの理論はよくわからなかった。
「そんなことないって」
「お願いします! どうか、このことは2人だけの秘密にしてください!」
そうお願いされた。
しかし、それで彼女の妹が命を落としては、本末転倒であると思った。
「……毎月の経理報告を、私に任せていただけないでしょうか」
代案として、ルシオラはそんな提案をしてきた。
きけば、『トロイア』でパーティリーダーをしていた彼女は、税理の知識におぼえがあるという話だった。
「経費の申告などで浮いたお金の何%かを、報酬としていただけないでしょうか。妹が良くなるまでの間だけでいいんです……」
俺は、その提案を受け入れた。
そして数ヶ月もしないうちに、ルシオラから脱税を提案された。
あの時は、まさか脱税が犯罪行為だとは、夢にも思わなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
妹の治療費について質問されたルシオラは、少し言いにくそうに視線を泳がせた後、言った。
「妹の治療費についてですが……、実は、あと金貨20枚ほど必要だと、里親から請求されています……」
「これで俺が助けてあげられるのは最後になるかもしれない。本当に、その金額で大丈夫?」
「はい……。金貨20枚さえ払えれば、妹の病気は治ると聞かされています……」
「そっか……金貨20枚……」
そっと、俺は布の袋をとりだした。中にはロイドたちが貸してくれた金貨が詰まっている。
「20枚で足りるんだ。よかった」
ほっと胸をなでおろした俺は、布の袋から金貨を1位枚ずつ取り出し、ベッドテーブルの上に重ねていく。
「しかし、これはアルマさんの罰金を払うためのお金じゃないですか!」
「ヤスミン達が多めに貸してくれたから、なんとかなるんだ」
「う。ええ!? いったいいくら借してくれたんですか?」
ルシオラの声が上ずった。
確かに、こんな大金があるなんて聞けば、驚きもするだろう。
「金貨42枚。すごいよな」
そうこうしている間に、金貨20枚が積み上がった。
1枚ずつ数えたので、枚数に間違いはない。
「冗談でしょう!?」
あまりの大金にルシオラが目をむく。
「全部終わったら、3人にもお礼を言わないとな。これでルシオラの妹も助かるし、俺も奴隷にならないですむ」
金貨のタワーと、金貨のつまった袋を眺めながら、内心で仲間たちに感謝し、勝手にお金を使うことをわびた。
すると、頭を抱えるように額に手を当てていたルシオラが言った。
「……しかし、私に金貨25枚を支払ってしまっては、アルマさんの罰金が支払えなくなってしまいます」
「え。20枚って言わなかった?」
驚いて俺が顔を上げる。
表情を変えずにルシオラが返した。
「25枚です」
……なんということだ。俺は、聞き違いをしていた。
「25枚だと……えっと……42ひく25で………………………………残り、23?」
「残りの金貨は17枚になります……、アルマさんの罰金、金貨20枚は……、払えなくなりますね……」
指の本数が足りないせいで、暗算ができないでいると、ルシオラが教えてくれた。
「そっか……」
頭には、俺を助けるために大金を用意してくれた仲間たちの顔が思い浮かんだ。
ここで金貨を使ってしまえば、彼らを裏切ることになる。
だけど……。
ルシオラの目をみる。
この金貨がなければ、彼女の妹は死んでしまうのだ。
対して、俺は奴隷に落ちるだけ。
どちらを選ぶべきかは、考えるまでもなかった。
「アルマさん!?」
「……」
俺は、金貨をさらに5枚、ベッドテーブルの上に積みあげた。
「金貨25枚。数え間違ってないか確認したら、持っていってくれ」
「でも、それではアルマさんが……」
「大丈夫。明日、ロイドたちに相談してみるよ。……無理かもしれないけど、もしかしたら追加で貸してくれるかもしれないし……。俺は死ぬわけじゃないんだ。だから、大丈夫」
そう伝えると、一瞬、ルシオラは凍りついたように表情を消した。
そして、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
ルシオラが頭を上げる。
感極まったように、ほほえんでいた。
俺が早く妹にお金を届けてあげるよう伝えると、ルシオラは金貨をかき集め、部屋から去っていった。
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