第3話 引き算って難しいだろ……

「もう一度聞くけど、脱税したのは事実で間違いないんだな」


「ああ」


「……」


 ロイドが肩をすくめて、ため息をついた。


「パーティへの追徴金は、装備新調のための預金を取り崩してなんとかなかったよ。問題はアルマへの罰金についてだ」


 先程の騒動のせいで、いつの間にか皮紙が床に落ちていた。

 ロイドは皮紙を拾い上げ、俺に差し出す。

 俺はそれを受け取った。


「罰金、金貨20枚。期日は4日後だ。……払えるか?」


「払えない」


 金貨1枚は、一般的な労働者の年収だ。

 Sランクパーティである『マーテル』のメンバーは、それなりに高い報酬を受け取っているが、それでも金貨20枚というのは、早々に出せる金額ではない。


 何より、今の俺は預金もすべて使い果たし、借金まである状況だった。

 とてもじゃないが、4日後までに金貨20枚なんて大金、用意できない。


「わかってるのか? 期日までに罰金が払えないってことは、奴隷になるってことなんだぞ」


 呆れたように、ロイドが言った。

 王国では、荒くれの多い冒険者の犯罪行為に対して、主に罰金刑を設けていた。

 殺人など、一部の重罪を除いて、基本的な犯罪は罰金で解決される。

 なお、罰金刑は甘い刑罰ではない。

罰金を払えなければ、王国民である権利を剥奪され、国家所有の奴隷となる。奴隷は、冒険者になることができない。一度、奴隷になった時点で冒険者は引退となる。


「だよなぁ……」


 そのぐらいのことは、物を知らない俺でも知っていた。


「金、ないのか?」


「ない」


「何に使ったんだよ。俺たち結構もらってんだろうが」


 その質問には、答えられない。


 ため息を付いたロイドが、布の袋を懐から取り出して、俺の方によこしてきた。


「ほら」


 受け取ると、布の袋は中身が詰まっており、ずっしりと重い。

 何かと思って、袋の中身を覗いてみる。


 数十枚の金貨がギチギチに詰まっていた。


「何だ、この大金!?」


「ちょっと、そんな大声ださないで」


 周囲を気にしたシルヴィアにしかられた。

 確かに、荒くれの多い冒険者のギルド内で、大金を所持しているなんて知られるべきではないのだろう。


「俺たちで金を出し合った。俺から金貨10枚、シルヴィアから金貨10枚、……それと、ヤスミンから金貨28枚だ」


「ありったけの預金をおろしてきたんよ」


 説明するロイドの隣で、ヤスミンがピースをする。


「こんな大金、もらえないって!」


 俺は慌てて、金貨のつまった布の袋をロイドに返そうとした。

 しかし、ロイドは受け取ろうとしない。


「誰がやるって言った。貸すだけだ、バカ」


「いつまででも待ってあげるけど、絶対返しに来ないとダメなやつだから」


 ロイドの言葉に、シルヴィアが補足した。


「それに、俺の罰金は金貨20枚だろう。多すぎるよ」


「それについては、すまん。ヤスミンがお前に渡したいって言ってきかなかったんだ」


「全部で金貨42枚って、金貨12枚も余分に入ってるじゃないか!」


「全部で金貨48枚な。余分なのは28枚。計算ぐちゃぐちゃだけど大丈夫か?」


「支払いの時は誰かついていってあげたほうが良いかもね……」


 ロイドとシルヴィアが呆れた様子で言った。


「引き算って難しいだろ……」


「いや、足し算の段階で間違ってたから」


 ロイドに指摘された。


 しかし、こんな大金は受け取りかねる。せめて、不要な分だけでも返すべきかと思った。


 すると、


「推しに貢(みつ)げるの……最ッ高ッッッ!」


 ヤスミンがハァハァと息を荒くし始めた。

 なんとなく返そうとしても受け取ってもらえない気がした。


 迷っている俺に、シルヴィアが言う。


「言えないなら、何があったのかはきかないけどさ。みんな、アルマのこと心配してるんだよ。他のメンバーの手前、おとがめなしってわけにはいかないから、リーダー解任パーティ追放ってなったけどさ。ほとぼりが冷めたら、また一緒に冒険しよう?」


「それに、お前みたいなバカ、冒険者でも続けない限り、こんな大金返せないぞ。奴隷になんかなってる場合じゃないだろ」


 ロイドが言った。


「余ったお金で装備でも整えて、冒険者しよう。待っとるけん」


 いつの間にか正気を取り戻したヤスミンが言った。


 パーティリーダーだった俺は、3人の報酬額を知っている。ここに詰まった金貨は、安い金額じゃないはずだ。少なくとも、簡単に手にできるような金額ではない。

 それを、何も言わずに貸してくれる。

 それがどれだけ大変なことか。

 計算が苦手な俺にも、簡単に想像できた。


「…………」


 仲間からの信頼に胸が熱くなる。

 同時に、事情を話せないことが心苦しかった。

 手にした金貨のつまった布の袋は、これまでのどんな報酬よりも重たく感じた。




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