第2話 推しの匂い、最ッ高ッッッ!


 テーブルの上に載った皮紙には、『マーテル』のパーティリーダーであるアルマ ローゼンの罪状と、パーティへの追徴金、さらにアルマ ローゼン個人への罰金について記されていた。


「アルマのサインがある書類まで確認した。脱税は事実なんだろう。でもさ……、正直、俺たちはまだ信じられない。そもそも脱税なんてアルマにできるとは思えないんだ」


 ロイドがそう言ってくれる。

 なんでそんな事を言うのかはわからなかったが、なんとなく彼からの信頼を感じた。

 仲間からの信頼を、俺は嬉しく思った。


「だってお前、ものすごいバカじゃん」


「え、何? ケンカ?」


 信頼を感じていたのに、いきなりバカにされてムカついた。


「ケンカじゃねーよ。座れ、バカ!」


 拳をかためて椅子を立った俺に、ロイドが命令する。

 またバカって言った。


「どうやってこんな書類を作った? ……待てよ。そもそも脱税って言葉の意味は、理解しているか?」


「脱税の意味ぐらいわかるさ」


 あんまりバカにするなよ。

 俺は、胸を張ってこたえた。


「税金を安くするテクニックだろ」


 ロイドがポカーンと口を開けた。アホ面だった。

 さっきまで偉そうにしていた割に、ずいぶんなアホ面だ。

 俺は腕を組み、さっきのお返しに言ってやった。


「もしかして知らなかったのか? さんざん人をバカにする癖に、案外ロイドも物を知らないんだな」


「犯罪だって認識はちゃんとあったか?」


「え。犯罪なの脱税って?」


「そうだよ! バカ!」


 スパァンッ! と。

 ロイドが俺の頭をひっぱたいた。


 手を上げたな、コノヤロウ。


「痛いじゃないか!」


 俺は即座にロイドにつかみかかった。


 揉み合いになり、周囲の椅子やテーブルがひっくり返る。


 ロイドとケンカをするのは久しぶりだった。

 パーティ加入時から骨のある男だったが、ステータスもずいぶんと上がっているようだ。

 天職が『聖騎士』である彼の腕力は凄まじく、俺の骨がみしみし鳴っていた。


 あ、やばい。これ、折れる。折れる折れる折れる!

 くそっ! 折れる前に、しめ落としてやる!!!



 わーわー、ぎゃーぎゃー。

 俺もロイドも、動物みたいな奇声をあげながら、ただ相手を打ちのめすことだけを考え始めた。


 すると、そんな俺達の様子を見かねたのか、遠巻きに俺たちを見守っていたパーティメンバーが、ギルド内から駆け寄ってきた。


「ちょっとちょっと! ストップ!」


 そう叫んで、ロイドを羽交い絞めにしたのは、シルヴィアだった。

 グイっとひっぱられ、俺の上に馬乗りになっていたロイドが引きはがされる。


「ロイド! 2人で話がしたいって言うから任せたのに、何キレてんのさ!?」


「だって、コイツが! バカだから! バカだからァ!」


 またバカって言いやがったな。

 身動きが取れないでいるロイドに、俺は殴りかかろうと拳をかためた。

 すると、――ドンッ、と。

腰のあたりに何かがぶつかってきた。


 振り返ると、ヤスミンが俺の腰にまとわりついて、動き出しを邪魔していた。


「……」


 ヤスミンは何も言わずに、俺の顔をじーっと見上げていた。


「アルマがバカなのは、わかりきったことでしょう! 今更じゃん!」


 シルヴィアがそう言って、ロイドが少し落ち着きを取り戻す。

 すかさずシルヴィアが俺とロイドの間に割って入った。


「アルマも。ロイドは心配してるんだよ。殴り返しちゃダメでしょ。はい、仲直り握手」


 シルヴィアが俺とロイドの手を引いて、強引に握手させた。

 俺としては、成長したロイドともう少しケンカをしてみたかったが、こうなっては仕方がない。

 ロイドもシルヴィアには逆らえないのか、しぶしぶと言った表情で握手に応じていた。


「はい、仲直り」


 思えば、俺とロイドはよく喧嘩をするのだが、仲裁してくれるのはいつもシルヴィアだった。

 シルヴィア ビーワット。天職『狩人』の少女で、パーティの斥候役だ。

 パーティ加入時は人間不信で、挨拶すらまともに交わしてくれなかった彼女が、今ではずいぶんとパーティに馴染んだものだと感心する。


「ヤスミン、もうアルマ放してもいいよ」


「もうちょい……」


「もうちょいって何!?」


 シルヴィアとそんな会話をして、ヤスミンが俺の腰にグーッと頭を押し付けてきた。


 ヤスミン ジャスカ。天職『暗黒魔術師』の少女だ。

 表情が固く、たまに何を言っているかわからない時があるが、決して悪い人間ではない。


「推しの匂い、最ッ高ッッッ!」


 じゅるりじゅるりと、ヤスミンが何度もつばを飲み込む音が聞こえた。


「何やってんの。しっかりしろ!」


「はっ。我を忘れた……」


 シルヴィアにいわれて、ヤスミンがようやく俺の腰から離れた。

 立ち上がったヤスミンは、口元のよだれを黒いドレスのそででぬぐいながら、ロイドの方を見る。


「最近、ケンカ少ないやん。もっといっぱい殴り合ってほしい。止めるから」


「不穏なお願いをするな」


 ぱこん、と。

 シルヴィアがヤスミンの頭をはたいた。


 この3人が揃うと、いつも騒がしい。

 彼らは落ち着きというのも知らないのだろうか。


 すると、落ち着きを取り戻したロイドが咳払いをした。

 久しぶりのケンカは、勝敗が決さないまま終わってしまった。

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