プロローグ2 【オーツ目線】

 いつもの和やかな食事時の雰囲気は消え失せ、辺りに戦慄が走る。


 この村に来た衛兵が殺されるなんて、オーツちゃんも初めて聞いた……と言うか、村長も含め大人たちも、何が起こっているか分からないって顔をしている。チクダ村史上、未曽有の事態が起こってしまったようだ。


「衛兵が殺られたって……もしかして、そのって人間なんじゃ……?」


 ツヅキがうつむきながら言う。まだ考えはまとまっていない様子だ。


「人間がここまで登って来れたってこと? 衛兵に気づかれることもなく?」

「おいおい、流石にそれはないだろ……なぁオーツ? お前もツヅキに何か言ってやれよ」


 衛兵とて、『下』できちんとした訓練を受けてきた――王国屈指の手練だ。あの森に住んでいる獣たちに、容易く殺されるとは思えない。ツヅキの言う通り、手練に匹敵する人間からの襲撃というのが一番しっくりくる。


「うん、オーツちゃんも人間が犯人じゃと思う。どうする? 助けに行くか?」

「助けにって……衛兵が殺せるような何かの元に行くなんて危険だわ……」

「そ、そうだぜ! 一旦、衛兵が来るのを待ってからでも遅くはないはずだ!」


 二人がやけに過剰に答える。人間――という言葉に強く反発するように。


「いや、多分遅い。相手の目的が何なのかは分からないけど、何も危害を加えないって可能性は低い。良くて拉致、最悪みんな殺されるかもしれない」

「だからってオレらに出来ることは何もねぇよ……」


 トラフスよ、その表情は何だ。オーツちゃんにはもっぱら理解できない。やれるのにやれない――そんな無力を嘆くような顔だ。


「どうして! 雷神族の力があれば、人間はなんて一撃で倒せるだろ!? 僕らが電気に耐性がないことくらい、もう知ってるだろ――」

「だから出来ねぇんだよ!! 気を失って、白目をむきながら、焦げくさい焼けた肉みてぇな匂いを放ってる人間を……お前を見て、怖くて他人に電流を使えねぇんだよ……オレも、みんなも……」

「トラフス……」


 気が付けば、村のみんながオーツちゃんたちを囲むようにして静かに耳を立てていて、そこに居た大人の表情は全てトラフスと同じものになっていた。奴の意見は村の総意らしい。


 たしかにツヅキが来てから、みんなが電流を放たなくなったなと感じていた。てっきり、これも成長期の影響で感じにくくなっているだけだと思っていたけど……みんなは自ら電流を放つのをやめていたのだ。


「じゃが、オーツちゃんは同じ村の仲間を見殺しには出来ん。どんな理由があってもじゃ。一人でも行くぞ」

「別に私たちは見捨てるなんて言ってないわ。まずは衛兵を待って、そこからどうするかを考えようと――」

「やかまし!! 仲間が助けを求めているなら、絶対に助けるのがオーツちゃんのモットーじゃ! それに共が村に迫ってくるやもしれん。お主らはここでオーツちゃんの勇姿を見届けるがよい」

「オーツ、お前は本当に人間を殺せるのか? 姿形はツヅキとほぼ変わらないんだぞ?」


 ツヅキを見ていると、いつも思う。なぜ雷神族に生まれなかったのかと。なぜ触れ合うことすら出来ないのかと。なぜオーツちゃんより弱い生き物なのかと。


 そして、なぜツヅキはこんなに可愛いのかと。全てが愛おしい。愛らしい。大好き。

 

お母さんはオーツちゃんが物心つく前に、『下』へ行ってしまった。だから何かを全力で愛するというのが、どんなものか見たことがなかった。でもツヅキに初めて出会った時、分かった気がした。


 オーツちゃんは雷神族の中では優秀な方ではない。同い年の子たちは既に電流の不安定さを克服してしまったし。でもそんなオーツちゃんに、ツヅキは触れることすら出来ない。こっちがその気になれば、殺してしまうことも簡単だ。これを可愛いと言わずして、何と言うべきだろうか!

 

こんなに可愛い生き物を殺すなんて、あり得ない! ナンセンス、ここに極まれりって感じだ。


「そんなことはせん。そいつらの態度にもよるが、基本的には捕獲するつもりじゃ」

「待ってオーツちゃん、僕も行く。もしかしたら交渉が出来る相手かもしれない」


 オーツちゃんの独壇場となってた中に、ツヅキが割って入る。


「つ、ツヅキちゃん!?」

「無茶だ! お前まで死んじまうぞ!!」

「危険かもしれないけど……それでもオーツちゃんを一人で行かせるなんて出来ない」


 はぁ、可愛い。オーツちゃんのこと、心配してくれたのかな? オーツちゃんと二人っきりになりたいのかな? 殺されるかもしれないのに、一緒に森へ行くなんて……ダメだ、愛が溢れてしまう。愚か過ぎて、最高に可愛い!!


「構わん。命に替えてもツヅキはオーツちゃんが守る。安心せぇ」

「ありがとう、オーツちゃん。足手まといにならないように頑張る!」

「うむ、その意気じゃ! 我がツヅキよ、共に行こうぞ!」

 


 ――ツヅキと一緒に、森への最短ルートに沿って南の関所へ来た。普段なら東西南北、全ての場所に衛兵がいるはずなのに、ここには人っ子一人も見当たらない。恐らく大人たちに付き添って行ったのだろう。


「間所をここまで簡単に抜けられるなんて、すごく新鮮じゃのぉ!」

「それくらいに異常事態だってことだよ……気を抜かずに行こう……」

「そんなに気張ってたら疲れちゃうぞ? オーツちゃんがいるから、ツヅキくらいはこの状況を楽しんでおくれ」

「楽しむか……そんなメンタル、僕は持ち合わせてないかな」


 ツヅキが軽く微笑みながら答える。どんな服や言葉で着飾るよりも、やっぱり笑顔が一番可愛い。


 傾斜のきついデコボコした坂を下って、とぼとぼと歩いていると森が見えてきた。風が木々の葉を揺らす音がよく響く――そんな閑静な場所だ。だが、嗅いだこともない匂いが充満している。派手に転んだ時の口の中の味のような……傷口に唾を付けてる時の味のような……そうか、これは血の匂いだ。


「ツヅキも分かるか? この匂いが」

「え、匂い? それは特に感じないかな。いつもより少し空気が美味しいなとしか」

「そうか……多分これは血の匂いじゃと思う。少し息苦しい……嫌な匂いじゃ」

「雷神族は鼻もいいよね。僕は血の匂いなんて全くしないよ」

「まぁとにかく急ごう。まだ助けられる者がいるやもしれん」


 そうは言ってみたが、正直あまり期待していない。既に鼻の中が血の匂いで一杯になっている。四、五人はいるであろう衛兵は全滅、村に帰って来ていない残りの安否は分からないって感じか。雷神族がそう簡単に殺されることはないと思うが――


「こ、これは……」

「衛兵の死体じゃな。一、二、三……五人か」


 全てがうつ伏せに倒れている。背に点在する生々しい傷口を見せつけるように。


「むごいな……戦闘をしたって感じでもない。不意を突かれて、弓矢で殺されたんだ」

「こんな矢は見たことがない……少なくともチクダ村にあるものではない」

「確定だね。は人間だ」


 先ほどよりも、重い足取りで奥へ進んでいく。ツヅキの歩幅がどんどん小さくなっているのがよく分かる。小動物のように――足をたくさん動かしながら前へ行こうとしている。可愛い。


 普段なら動物たちがひょこっと顔を出してくるところまで来た。森はより深みを増し、血の匂いもどんどん強くなる。これはただの血の匂いじゃない。血が肌にこびりついて洗っても落ちない――人殺したちの匂いだ。


「――動くな。そこで止まれ」


 どす黒い、力を感じる低音が響く。がご丁寧にこちらまで来てくれたようだ。


「その肌……雷神族だな。我らはハリバーン帝国の者だ。命が惜しければ、大人しく指示に従ってもらうぞ」

「……一ついいか? みんなは……狩りへ行った人たちはどうした?」


 恐怖を必死に押し殺しながらツヅキが問う。


「安心しろ、雷神族には危害を加える予定はない。クンロス王国の紋章が入った奴らは殺したがな」

「なぁツヅキ、ハリバーンってなんじゃ? 王国とは違うのか?」

「山にずっと籠ってて、勉強もしてねぇとはな……いいぜ、お兄さんがガキ共に教えてやる」

「おい、あんまり余計なことは喋るなよ」

「大丈夫ですよ、どうせこいつらも帝国に送るんでしょ?」


 そう言うと男は、これ見よがしに語り始めた。


「お前らの国――クンロス王国と、湖を挟んで南にあるのがオレらの国――ハリバーン帝国だ。今は絶賛戦争中でなぁ、クンロスをぶっ倒そうって頑張ってんだよ。でも邪魔なのが二つある。湖と、雷神族だ。お前らの仲間がバカみたいに湖で電流を流すから、大規模な上陸作戦が出来ねぇんだよ。隣国共は政治を理由にして軍を領内に入れてくれねぇし……だから! 雷神族を何人か捕まえて、それを盾にして上陸しようってことさ! どうだ! うちの上層部は賢いだろ!?」

「な、なるほど……」


 腑に落ちたような顔をしながらツヅキがぼやく。


「関心しとる場合か、オーツちゃんは盾になるなんて嫌じゃぞ」

「まぁガキは研究に使われるだろ、戦争に行くことはないさ」

「もっと嫌じゃ。なぁツヅキ、そろそろ動かないのも飽きたし、やってもいいか?」

「ははっははは!! 貴様らは、水がないと電気が使えないのは知ってるぞ! ただのガキが、この精鋭十人組をどうするのだね!? さっきの奴らはすぐに投降したぞぉ!?」


 これが本当に人間なのか? ツヅキが特殊なだけなのか? 可愛ければ殺すのも躊躇していたが、こいつらは可愛くない。人間って可愛いヤツばっかりって思ってたのに……がっかり。


「……ツヅキ、今だけ気ぃ張れ。いくぞ」

「う、うん!」


 軽く息を吸って、呼吸を整える。全身の電気を脚へ貯めていく。久々に全力の電流が来て、足が少しひりついている。歯を食いしばって、さらに強く地面に足を押し付ける。せっかくの機会だ。オーツちゃんの全てをこの痴れ者たちにプレゼントしてあげよう。



 ――そこから程なくして衛兵が駆け付け、仲間の亡骸と、十個の真っ黒焦げになった灰を回収していた。それは不気味とも思えるくらいに、手慣れた作業だった。気味が悪い。


 その場を離れたい一心に、オーツちゃんはツヅキを連れて、捕まったみんなを探しにいくことにした。――そして、ついには狩りのために整備された道は途絶え、いかにも入ったら迷子になるって雰囲気の洞窟の前に来ていた。


「ここも探すんだよね……」

「え? そりゃそうじゃろ。こんなに人を閉じ込めるのに最適な場所ないじゃろ」

「じ、じゃあ僕は入口の前で見張りをしてるよ! ほら、まだ残党がいるかもだし――」

「その残党が洞窟におったらどうするんじゃ? か弱い乙女が暴漢に襲われるやもしれんじゃろ」

「いや……それは、ね? そうだけどさ……」

「もしかして、暗い場所が苦手なのか?」

「……うん」


 それは可愛い。そうか、ツヅキは自分で明かりを灯すことが出来ないのだ。であれば、ここはオーツちゃんが一肌脱ぐ時だ!


「よし、安心せぇ。指の先をよく見ておれ」

「え、うん」


 オーツちゃんの人差し指を天に向けて差す。軽く電気を貯めて、先っぽの方で……放つ!


「お、おぉ!! 電気がはじけてピカピカ光ってる! こんなこと出来たんだね!」

「どうじゃ! 全身の電流を出してみて、なんだがすごくスッキリしたのじゃ! 何と言うか……オーツちゃんを縛り付けていた鎖を取っ払えた気分じゃ!」

「全身に溜まっていた電流が、新しく出される電流を邪魔していたってことなのかな……原理はよく分からないけど、とにかくオーツちゃんが電流を自由に使えるようになったみたいで良かった!」

「うむ! これで練習からもおさらばじゃな!」

「それに……オーツちゃんが電流をちゃんと扱えてなかったら、僕もさっきの灰の一つだったもんね」


 安心感とか、達成感とか、色んな『嬉しい』の気持ちを滲ませながら、ツヅキは満面の笑みで言う。でもオーツちゃんが電流を自由に使えるようになったのは、あくまで全力を出した――その後だ。あの場面でツヅキも灰たちの一部になっていてもおかしくなかった。正直、賭けだったが……やはり、愛情は全ての確立をも突破するのだ! きっとオーツちゃんの優秀な電流たちは、意図してツヅキを避けたのだ! そうに違いない!


 そうやって、微々たる罪悪感を抑えながら、二人で洞窟へ入っていく。薄暗く、何もない空間だ。隣り合っているツヅキの息遣いを、体温を、存在をよく感じる。――そして案の定、少し進んだ先に囚われの身のみんなを発見した。


「オーツにツヅキ!? どうしてここにいるんだ!」


 開口一番、説教臭い一言。可愛くない。


「どうしてあのような者たちに屈したのじゃ! お主らなら殺しは出来ずとも、痛い目に遭わせるくらいは出来たはずじゃ!」

「……無理だ。あいつらツヅキと同じなんだって考えると……どうしても手が出なくて……」

「こいつの言った通りだ。だから衛兵が来るまで待とうって話になったんだ」

「――可愛くないのぉ」


 オーツちゃんは、この村が好きじゃない。何事も他人任せで、自分たちのことすら守れないくせに、オーツちゃんよりも生物として勝っている――そんな可愛くないヤツらと死ぬまで百何年も過ごすなんて冗談じゃない。


 一刻も早く村を出たかった。『下』へ行きたかった。


 『下』にはオーツちゃんの世界が待っていると思う。そこには人間しかいない。そこにはオーツちゃんよりも優れている――可愛くないヤツはいない。オーツちゃんの桃源郷だ。


 世話にはなったが……こんな可愛くない者たちと、もう一緒に居たくない。オーツちゃんたちは、『下』へ行く。



 ツヅキの助力もあり、オーツちゃんが招集要請に選ばれることは驚くべきスピードで決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る