エレキな世界の選れ気なヤツら!
相麻颯真
プロローグ1 【ツヅキ目線】
身体中に電流が走った。この衝撃は比喩ではなく、物理的なものだ。
いつもの見張り台に登り、村全体を眼下に収める。早朝の少し張り詰めた――ひんやりした空気を鼻で感じる。ここからの景色は一年前から何も変わらない。
一年。僕がこの異世界に転移してから、ちょうど今日で一年だ。
雷神族の村――チクダ村。ここはかなり大きな山の頂に居を構えているらしく、家々の少し先に視線を合わせると、雲のヴェールが辺りを覆っている。雲海って奴だろうか? この時間帯の少し淡くて、優しいオレンジ色で包まれた村を見るのが好きだ。
「今日も早いのぉ! お天道様だってまだ目を擦っとるような時間じゃぞ!」
お天道様が姿を現す前に、僕にとっての太陽が姿を現した。薄い褐色の肌によく映える――春の小川のようにさらさらと流れる金髪のロングヘア―の彼女は、オーツちゃん。突然チクダ村に転移して、訳の分からない僕を助けてくれた――一個上の姉貴分だ。面倒見がよくて、今日も今日とて僕の特等席にずかずかと入り込んで来た。
「おはよう、オーツちゃん。いつも僕の起きる時間に合わせてくれるのは嬉しいけど、別に無理しなくて大丈夫だよ? 雷神族はちゃんと寝て、体力を溜めなきゃいかんって村長も言ってたし」
「なんじゃと? オーツちゃんは邪魔だから寝てろってことか?」
「いやいや! そんなことはないけど、寝不足は美容の天敵だし――」
「ちょうどいい。今からヤろうぞ」
「い、今から!? 流石に寝起き一発目にヤれるほどの体力も気力もなくてですね……」
「やかまし! オーツちゃんがヤると言ったらヤるのじゃ! ほら、顔出せ」
彼女の小さいが、しっかりと芯のある両手が、僕の頬にそっと触れる。軽く下目遣いをししながら、僕の様子をうかがっている。
そもそも雷神族とは、体内で発電、蓄電し、その電気を自由自在に扱うことの出来る人……と言うか、この世界では神格化されている――神に最も近い存在らしい。無論、オーツちゃんも雷神族の一人ではあるが、成長期の真っ只中であり、体外への放電が不安定になってしまう時期なのだ。だからこうして僕が、電流をコントロールする練習の実験体に……なっ……てい、る……痛い痛い痛い痛い痛い!
「痛い痛い痛い! もう無理!」
「根性がないのぉ、ツヅキだって一応は男じゃろ?」
「一応って……てか何回も言ってるけど、僕の名前はツヅキじゃなくて、鈴木だよ」
「だって、ツヅキの方が可愛いじゃろ。『続き』とも読めて、縁起もいいし」
「縁起いいからって、ガチでネーミングセンスがおばあちゃんと同レートじゃ――」
「あぁ? まだまだヤる気満々ってことかのぉ?」
「ごめんなさい、勘弁して下さい」
「でも電流をそろそろ我が物にしないと、オーツちゃんの夢が叶わなくなる。それは真剣に不安なのじゃ」
オーツちゃんの夢――それはチクダ村を出て、『下』へ行くことだ。雷神族がこの山を下りるのは容易ではない。チャンスは一つだけ。半年に一回、定員一人の――王国からの招集要請だ。僕は人間であることを衛兵さんに勘づかれ、今度の招集要請の際に選ばれた人と一緒に、『下』へ行くことになっている。
そしてオーツちゃんも何が何でも、『下』へ行くつもりらしい。好奇心旺盛なタイプだし、村のみんなもオーツちゃんが行くことに賛成している。反対しても、絶対に跳ね除けられることは目に見えてるしね。
しかし、『下』は僕と同じ――普通の人間の世界だ。自身の電流を操れず、周りの人間に危害を加えかねない雷神族が、『下』へ行くことを王国は許すことは出来ない。なので来る日も来る日も練習をしているのだ。
「焦っても何も……過剰な電流しか出ないよ。とりあえず朝ごはんを食べに行こうよ」
「うむ……ツヅキの言う通りじゃ。オーツちゃんはお腹が空いた」
「そうと決まったら早く行こう! 今週の衛兵さんは当たりだから、みんなに僕らの分も取られちゃうよ!」
「た、たしかにそうじゃ! 前回の彼奴等は酷かったからなぁ……よし! ツヅキ、付いて来るのじゃ!」
オーツちゃんの華奢な体が、瞬時に宙に浮かぶ。雷神族は常に体中に電流が這っていて、筋肉が刺激されっぱなしだ。その甲斐あって、雷神族は身体能力が異様に高い。流石に山をひょいっと下ることは出来ないが、十数メートルはあるだろう――この見張り台くらいはジャンプで昇り降りしてしまう。
我が世界が異世界に誇る伝統衣装――スカートがないのが悔やまれる。合法的に、受動的にパンチラを拝め……空をひらひらと舞う、花びらのような美しさと共にある彼女を見ることが出来ないからだ。中学校に上がる寸前に異世界に来てしまったから、スカートへの憧れは日に日に高まっていく。
「おう、ツヅキ! 今日は寝坊したのかと思ったぜ! お前の分はちゃんと取っておいたから安心しな!」
「トラフス、いつもありがとう」
こいつは親友のトラフス。雷神族らしい優しい性格をした――典型的ないいヤツだ。
「いやぁ礼を言うのはこっちの方さ! あのじゃじゃ馬姫の面倒をいつも見てくれて、こっちとしても助かってるんだぜ?」
「面倒は見てるけど……あんな馬がいたら何年かかっても調教するのは無理だね」
「ははっはっは! 中々に上手いことを言うじゃねぇか! よし、この肉をくれてやろう!」
チクダ村の――のほほんとした雰囲気が大好きだ。この広大な地で生まれ育ったことが起因してるのかな? 中学受験のために、学校にも、塾にも、家にも、どこにも安息の地がなかった僕にとって、ここは唯一の安心して眠れる場所だった。
「ツヅキはもうすぐ『下』に行っちゃうんだろ? 一年前のあの日はすげぇビックリしたけど……今となっては良い思い出だぜ」
「電流が全身を駆け巡る――あの痛みを知らないからそんなセリフが言えるんだよ……あぁ思い出すだけで身体が痛い」
「あっ……ま、あの時はごめんな! オレらも人間が電流に痛がるなんて知らなかったんだ」
「勝手にこの村に来ちゃった僕も悪いけどさ……とにかく! 僕は来たる招集要請の日までに、オーツちゃんを一人前の雷神族にするのだ!」
「でも物騒な話だよなぁ。オレらがこうして飯を食ってる間にも、『下』では色んな国がドンパチしてるんだろ? そんな場所に戦いに行くなんてオレは御免だよ」
机に肘をつきながら、気だるそうにトラフルが言う。
「何も、戦争に加担しに行くのが僕たちの目的じゃないよ」
「え? じゃあ何をしに行くんだよ。『下』なんて村に帰ることもなく、ずっと戦ってんのが好きな連中が行くとこじゃねぇか」
「うーん、内緒」
「はあぁ!? 気になるじゃねぇか! もったいぶるなよ!」
「僕だって確信はないことなの。もし成功したら教えてあげるよ」
オーツちゃんとは異なる――僕の目的。それは、ゴムだ!
雷神族はとてもボディタッチが多い。そして、その矛先は僕にも向く。別に触られるのは嫌いじゃないけど、雷神族は話が違う。常に電気を身にまとってる人たちだ。そんな人たちにベタベタ触られたら流石に体も、意識ももたない。
「なんじゃ! お主ら、面白そうな話をしておるのぉ。オーツちゃんも混ぜて!」
そう、まさにこんな風にオーツちゃんに肩を組まれると……痛い痛い痛い!
「痛いって! いい加減、僕は触られると痛いって覚えてよ!」
「あ、ごめん。ついつい癖で」
「オーツよぉ……このやり取り何回目だよ……」
「だってツヅキにだけ触らないなんて、可哀そうじゃ。不公平を生む」
「そういう行き過ぎた愛情が、最も人を傷つけるんだよ……」
「じゃあツヅキがオーツちゃんたちに合わせるのじゃ!」
そのためのゴムなのだ。今の僕は、オーツちゃんたちに触れることもままならない。だがゴムさえあれば触り、触られ放題だ。
こんな冷え切った山の頂上には、もちろんゴムの木は生えてない。一年を通して気温も湿度も高い――年中高温多湿の地域でよく栽培されているって何かの本で読んだ気がする。だから僕がゴムを手に入れるのは、『下』へ行くしかないのだ。あるかどうか分からない――ゴムの木を求めて。
「あらツヅキちゃん、それだけで足りるの? もっと遠慮せずに食べなさいな」
村長がやって来た。村のお母さん的存在で、年を忘れてしまうほどに元気な人だ。
「かなり食べてると思うんですけど……あれ、村長。お腹がまた一段と大きくなってません?」
「ツヅキよ……それはマダムに対して、あまりにも失礼じゃと思う――」
「よく気づいたわねぇ! 三ヶ月目ってところかしら」
「またデキちゃったんですか……村長はいつまでも元気っすね……」
「もう少し待ってくれたらトラフルにも私のテクニックを――」
「遠慮しとくっす」
このような事例であってもゴムは活躍する。チクダ村は空前のベビーブームの最中だ。とても喜ばしいことだが、無計画に、無秩序に命が芽吹いても、ちゃんと育てることの出来る環境や余裕がないと意味がない。今は誰も問題にしていないが、将来的に必ず人口爆発が起きる。それによって、貧しい生活を強いられる国は現代社会にも数多く存在する。僕を助けてくれて、仲間にしてくたこの村がそんことになって欲しくない。
それに僕とオーツちゃんが、そういうことする時にも役立つし……いや、別にいやらしいことは考えてません。ほら、肩とか揉めるじゃん。日々の疲れをマッサージでとってあげよう的な? 邪念は一切ありません。
「でも、あたしらの年齢になると、それくらいしか趣味がないんだよねぇ……」
「読書とかどうですか? かなり面白い本もありましたよ。ニュアンスで感じてるので、正確には読めてないかもですけど」
この世界の言葉は、なぜか最初から完璧に理解できていた。日常生活でも、読書をする際にも何不自由することはない。まぁそんな都合のいい能力を得た代わりに、電気まみれの村に転移してきたのかもしれないけど……
「絵のない本は読めん」
「そうじゃそうじゃ! 村長の言う通りじゃ! 衛兵の持ってくる本には絵が足りんぞ!」
「若いもんが羨ましいよ。あたしも若い頃は、よく森へ狩りに出掛けてたもんだよ」
「狩りってそんなに楽しんすか? 大人はいっつも朝早くから出掛けてますけど」
「そりゃ楽しいよ。自分の射った矢が当たった瞬間の――あの興奮は忘れられないねぇ」
「オレもやってみようかな……てか今日はみんな遅いっすね。いつもは陽が昇る前には帰ってくるのに」
村から少し下った場所にある森。そこで、いつも早朝から衛兵さんを引き連れて狩りに行く大人が何人かいるが……たしかにトラフスが言うように今日は帰りが遅い。まぁどうせ今頃は腹の虫が鳴って、全速力でこちらに向かって来ているとは思うけど――
「た、大変だ! 衛兵がみんな殺られた! 森の中に何かがいるぞ!」
鬼気迫る表情で男が言う。額には、汗が滝のように流れている。森から村まではさほど遠くない。走ったのもあるだろうが、かなり動揺している様子だ。いつもの茶化しとは違う――どんでもない事件が起きてしまったらしい。
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