第15話 寒煙

3機の『槍』が降ってきた。


「残りはやっておくよ」Uは頭上から声を掛けられた。

崩れかけの『根』の天蓋に人の姿が見える、地上から50メートル。何時からそこに居たのか、最初からそうあったかのように、とても自然なことのように存在していた。


現状、Uの手札が枯渇していたことは確かだった。『槍』1機を防ぐので精一杯だったのに、それが連装で3機も降ってくるとなれば、天蓋での折衝も望めはしない。また、地中貫通爆弾以外の可能性もあるため、二択としても対策はより困難となる。Uとしては、より強固なシェルターを作成する以外の方法を思い付かない。ただ、それでも強度的に危ぶまれるというのが結論だった。

「でも、今の僕にできることはこれしかない」ふと、頭上の男は何ができるのか、と思った。但し、彼を見届けている余裕はない。Uは眼前のシェルター作成に全力を注いだ。地中の『根』をコントロールするものの、先程と比べ明らかに速度が落ちている。

「僕の中の何かが尽きたのか…」それとも行動とは別に、頭では諦めてしまったのかは定かではない。そして、焦りから来ているのか、Uは先程からずっと小さく震えていた。その理由も分からず、眼の前のことに集中をすることで振り払う。


『槍』が見える。

「軌道が低い…あれじゃ撃ち落とせない…」Uは、『根』の振動で衝撃を干渉できるように幾重にも障壁を打ち立てた。シェルターは雫のような形で展開をする。ここまで来たら、僕にできることはもう残っていない。そう思ったとき、Uには周囲を観察する余裕ができた。既に震えはない。天蓋の男を追ったが、先程の場所から微動だにしていなかった。不安定な天蓋に寄りかかるように立ち、天空を見つめていた。

「あれ?彼はやっておくって言ってたんだっけ?何を?」Uの位置から見て特に行動はしてないようにしか見えない。それどころか、微動だにしていない。撃ち落とすようにどこかへ指示を飛ばしたのだろうか…しかし、そんな距離はとっくに通過している。間もなく『槍』は着弾する。UはTを守るためだけにシェルターを作成し、自身はシェルターの外で成り行きを見守る。


「まぁ、僕は最初から死んでいるから、これは業ってやつなのかな…それに、何かあった時には、ここの方がよく見えるから…」Uは『槍』に対し、これ以上抗うことを止めた。どうやら力を使い果たしたらしい、Uの支配下にあった『根』の動きがぎこちなくなっていた。


そして、3機の『槍』が地面に突き刺さる直前、世界そのものが音もなく静止した、Uにはそのように見えた。そのままスローモーションのようなゆっくりとした動きで『槍』が地面に横たわる。Uは眼を大きく広げ、状況を分析しようと努める。

「あり得ない…どうして?」方法は分からない、Uは目の前で起こったことが理解できなかった。しかし、実際に『槍』は止まった。


再度、頭上から声がした。

「これは望まぬ結果じゃない。君が一人で成し遂げたことだ」天蓋の男が飛び降り、音もなく着地する。特異なジャケットを着た男だった。澄んだ顔をしているが、赤みがかった瞳だけが鋭く光る。視線が重なったところで対象が読めない…互いの認識がずれるように、何らかの思い違いをしているのではないか、という類の重圧を感じた。

「だが、これで終わりではない。大切なものであれば、目を離しちゃいけないよ」男はUのことを見据え、その動作をもってTの方へ視線を誘導した。Uは思い出したように自壊するシェルターへと身体を向けた。


Tの身体から青白い光が漏れている。黒の外装の背中の部分から光が放たれていた。

「あれは超臨界!?」Uは即座に駆け寄り、外装に付属する背中の炉に『根』の槍を当て切り飛ばす。そして、すぐに障壁で遮ったが、既に相当量の放射線が流れた。Tは何事もなかったかのように、その場にうずくまって眠っている。

(6号機は終焉…記憶の一括削除だったのか。でも、枷はこれだけじゃない、設計通りであれば爆縮が起こる筈だった…自身が爆弾となり、何も残しはしない…光となって消える。つまり、これは安楽死のための処置だった)

「それも悪くはない…」TはUの存在に気付き、そして告げた。「ここから離れなさい…」


「いや、君を死なせはしない」Uは焦燥感に追われながら、はっきりと答えた。「まだ僕は答えを手にしていない」

「すべての記憶が消えていく…」台詞とは別に、Tの表情は安堵し切っているように見えた。


「君はあの時、僕に向かってごめんねって言ったんだ」Tの体内には『根』の残滓が散っている、DNAの修復は可能かも知れない。Uはただ本能に従い『根』と共鳴していく。

「とても優しい声をしていた…まるで歌のように、それは、僕の中で何千回も響いた…繰り返し…繰り返し…響き渡った…」Tは既に意識を失っていた。

「僕にはそれしかなかったのに…」Tの剥がれた外装からは傷だらけの身体が見える。Uは目を閉じて『根』を操る、Tの体内に菌糸のように極小のネットワークを形成する。

「僕が動く理由はそれしかなかったのに…」Tの心臓は止まった。脳や肉体が負荷に耐えられず、すべての活動を停止した。

「これだ…終末の符号…」Tの体内にあるすべてのネットワークを接続し、該当の通信機器を止めた。

「けど、間に合わなかった…」Uは藻掻くしかない、死んでしまえば後戻りできないことくらいは知っている。

「そうはならないって言ったのは、これが…君が望んだ結末だったからだ…君は最初から僕に負けるつもりでいたんだ」Uは自分が泣いていることに気付かない。Tの安らかな寝顔をぼんやりと見つめていた。

「君は兵器として製造された訳じゃない。僕の望んだ未来は、また別のものだったのに…叶わなかった。この感情は君と同じものではないと思うけど、今返すよ。ごめんね…」


男はUの数メートル後ろに立ち、成り行きを見守っていた。但し、身体は外を向いており、何かを警戒しているようにも見える。気配からして見張りとも違うが、視界の更に先、地平線より遠くを追っているようだった。

「彼女は目覚めてから今日まで一度も眠ったことがない。とっくに限界だったんだ、今は眠らせてやればいい」男が不意に答えた。

「寝てる?心臓も止まっているのに?」

「いや、鼓動が聞こえるだろう?」Uには何も聞こえない。男が何のことを言っているのか分からないため首を傾げた。

「君が彼女に同調しているから聞こえないだけだ。今は深い眠りに落ちている。まさか、先人から聞いていないのか?」

「先人って?」

「君と行動を共にしていた男のことだ、船に乗ってソニアまで来ただろう。この少女のことを何も聞かされていないのか…」男は落胆しつつ説明を始めた。

「つまり、すべての負荷を取り除けば、この場合、障害と言い換えても構わないが…その機会があるかも知れない。それは君にしかできない、彼女の通信に使用された技術も『根』のネットワークを応用したものに過ぎないから。君ならば、それらを追えるのだろう?」

「できる、はっきりと見えるよ」Uは力強く返事をした。

「そいつは必ずしも希望とはならないが…まぁ、捉え方は人それぞれだ。ところで、君にはいくつのネットワークが見えている?それが彼女を取り巻く世界そのものだ」

「それは正確に分かる、主要なものは4つ、いや、5つかな。全部含めると23は在る」

「その主要なものだけを追えばいい。私には何も見えないが…君がそう言うのであれば間違いはない」

「ところで、この子はどうするの?」

男は意識のないTを一瞥、外装の一部は破壊されているが、6割程度の装備は残っている状態であった。

「長いと数年は眠ったままになる可能性がある…当然、放置すれば絶命するだろう。こちらで運んでおこう。そもそも爆弾の傍らへ置いとく訳にはいかないだろう」

「つまり、病院へ連れて行くんでしょ?その辺は僕には分からないから…」Uには真偽など分からないが、バックボーンが『根』であるため何も問題はなかった。Uが決断する前から既に行動が決まっている。

「病院か、若しくは、生命維持ができれば何処でも良い。どうやら先人は本当にサボっていたようだ。君は君で危うい存在であることに変わりはないが…その片鱗を感じない。文字通りとは行かないが、健やかに成長している」

「あの人は視界にあるすべてを受け入れろと言っていたよ、僕にはそれだけで良いんだってさ…でも、それはそれで考えることも多いから、真意には到達できそうにない」

「オールフリーか、確かに先人が好みそうな方法ではある。切り取った景色を立方体の内面に充てがい、内部で均衡や調和を得る…また、それらを並べては比較、検証を繰り返す。立方体の増刷、外面への投影、時間軸に添う配列…手間は掛かるが、果たして何が得られるのか。無論、個に委ねられる。それとは別に、君には暗く険しい道が待っている。例えば、カテウス・トホロウム、元カテドラルのメンバーで、少女のことを追っていた。私が接触したのも先刻のことだが、その際は地面に叩き付けるだけに留めた。接触時には浮いていたのでね、他に選択肢がない程度には良い結果となった。また、カテドラルとは不死の武装集団…表向きにはそうなっているが、実際には不死ということもない。武装の内容も生物兵器に限られる。全貌は知らないが、私の観点からすれば些事に過ぎない。但し、今後は君が追われることになるだろうから留意しておくように」

「それで構わない、是非も問わない。僕はすべきことをやるだけだから。時間も限られているだろうから、もう行くよ。彼女のことは何処にいても分かるから…」Uは与えられた理由を追うことしかできないが、それで良いと思った。もはや太陽が昇ることも当然とは言えない、そんな世界を目の当たりにし、歩き方から変える必要があることを悟った。


男はUが離れるのを見送った。そして、先人にメッセージを送った。

「この貸しは高く付く」

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凍解氷釈 @sig_en

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