第13話 細隙

Tはジャケットの青年によって前触れもなく上空に投げ出された。それも、真上ではなく、ソニアの方角だった。Tは真っ直ぐに向かっていた訳ではない、目的地が割れるとは思ってもいなかった。

(最初からだろうか…私の目的も割れているということに他ならない。彼は何から割り出したのであろうか、仮に思考が読めるとしてもこの膨大なデータ量を処理できる筈がない。目的地のことなど片隅にしか存在しない…つまり、この世界の外を貫く道理、そのようなものが確実に存在している。知らないのであれば、分からないのであれば、考える必要はない。私にできることは限られており、如何なる一歩にも最速で対応するのみ)

Tは20キロメートル以上飛ばされた。事象に追いつくことに若干の遅れが生じ、姿勢制御システムが起動するまでのすべてが緩慢に記憶されていく。

(無段加速…テレキネシス、念動力というものだろうか。彼は超能力者なのだろうか。実際に、彼は何の装置も有していなかった。唯一、ジャケットの造りのみが耐久性に優れる特殊なものであったが、これは戦闘を想定したものであり、素材以外に特筆すべきこともない。また、第三者の介入も私の視点では知覚できなかった。この外装にダメージを与えることもなく、彼方まで吹き飛ぶような力積…更には、無段加速のように持続する力というのは相当に高度な技術のように思える。気遣いがなければ、初撃で意識を失っていたに違いない。そして、驚くべきは先刻までの慟哭が消失している点だった。肉体と精神に同時に作用する何かが、そこにはあったのだろうか…あのやりとりの中では自身の無知を露呈させただけであった。私に用意された知識も手の届く位置にあるものと、そこからの推論を足したものに過ぎない。世間話には困らないが…枠組から外れたものに対しては論外という位置付け。情けなくもあるが、それも兵器としての在り方なのだろう、専門家と議論を並べるのが仕事ではないのだから…寧ろ、議論を逆手に取る、或いは、単純に引っ掻き回す、多くの場合で平静を破ればそれで足りる。相手をせずに殺すということは、合理的ではあるが、最もつまらないことでもある。無論、日常や戦争に面白さを求めることもないが、対価として享受することに異があるわけでもない)


Tは安定飛行に移ると彼の言葉を反芻した。

(『根』の少年…彼が異なる存在?『根』の特性を有する何か、つまり、人間ではない。ある意味では当然のこと…何故なら一度死んでいるから。但し、消去法で植物であるとも言えない。要するに、人ならざる影響力を持つということであれば、その範囲を定義してやれば良い。隣人、組織、都市、国家、どれも人の手に余るものではない。自然、物理、生命、時空、『根』の一端末に過ぎないが、内面はその限りではないというのが結論か。そして、進展があったものと受け取って良い。その結果は第三者に依って齎されたものに違いない)

Tは注意深く該当のデータを検証した。『根』の少年がトーラスを離れてからの軌跡、都市部の監視カメラや、小さな記事の一つ一つ、真実も緩やかに積もっていく。

「これか…」

(『根』の少年をあの場所から引き揚げた存在…ルリエべ・カトラス。纔の要人…彼も何者なのだろうか、公的に保管された情報には活動報告すら一つもない。つまり、第三者によって加筆された存在ということだ。要人として籍を置く必要があっただけの話、それ自体は飽くまでも簡易的な処置に過ぎないのだろう。彼はそれとは無関係に少なくとも私のことを識っていた。『根』の爆心地、トーラスに張った網に掛からなかったのがその証左。当然、あのジャケットの青年とも繋がりがある。しかし、疑問も残る。ルリエべ・カトラスの要請で動いたとしたら何時の時点だろうか。ベタを離れてから数時間も経っていない。カテドラルとも通じているのであれば話は早いが、どうにも毛色が違うため、その線も薄い。そして、『根』の少年の現在地も判明はしたが、問題はその目的について。やはり私を追っているということになる、当初の予感のままに立ちはだかるのだろうか。その筋書を用意したのがルリエべ・カトラスで間違いはない。現状、ここにある情報だけではループに陥る…)Tは一旦考えることを止めた。

「目的など分かりはしない。辻褄が合うように、一つ一つが紡がれているならば、すべきことも絞られる。一千万都市を破壊する」

(そして、君がそれを阻止するのだろう…)

「面白い」Tは『根』の少年がどのような形で現れるのかを想像し、あらゆる対策を打ち立てていく。間もなくゼタへ入る。いくつもの国境を抜けた、戦禍の色が薄れていく。殺戮を繰り返すことに迷いがない訳ではない。認めてしまえばただ失っていく、それだけの話であった。沈みゆく身に委ねるだけ、飛行を続けること数時間。

「ただ生きるということは自然なこと、しかし…」海峡に差し掛かる。「生きたい訳でもない、それ以外を知らない」(悲しみも寂しさも知ってはいるけど、それが何かは分からない。そういう風に造られた、私はただ兵器であれ、それだけを知っている)Tは手のひらを空へ翳し、光子を打ち破る。しんしんとした音がゆっくりと流れた。非効率的であることが唯一の自由であるかのように、反動で魚のように翻った。そして、サクソニアの国境を越えた。

「彼の予言通りにはならない」Tは外装の負荷を再設定した。5号機が再び始動し始めた。

(これでいい、負荷が一定値を超えると停止するようになっているだけ。もはや戦時も平時もない、これが最後なのだから)

間もなくTは鹵獲した戦艦から全弾発射した。戦艦は紅海に浮かべていた、着弾ポイントはランダムのため対象は読めない、サクソニアにも数発は流れるが、すべて撃ち落とされるだろう。

「それでいい、目的は割れない。可能な限り様々な要素を組合せ、そして、練り上げた。そのすべてをこの一点に叩き付ける。徹底的に潰し合う…この瞬間だけを演算してみせる」

戦闘機が視界に入るが遠い。

(ソニアの所属機だが、キーリエン社製のため鹵獲は難しい。利用できる形にさえできれば、この際何でも良いだろう…)

偽造通貨のリーク、燃料の高騰、疫病、デマが世間を埋めていく。『鳥籠』を起動、陽動と共に周辺の兵器を起動する。ベタも例外ではない、狼煙を上げれば反応がある、それだけでも成果と数えられる。4機のAIが従える機器は100万を超える、付随した人も同数以上であればこそ、この戦争を持続可能なものとしている。

「まだ足りない」撹乱のペースが悪いことに再計算を余儀なくされる。鹵獲していた戦艦が沈む、弾薬も尽きているのでこれ以上は必要もない、乗組員の大半が毒殺されており、残りは仲間割れに過ぎず、Tはそこに何の痕跡も残してはいなかった。


「侵攻が伝播している、この動きはカテドラルが近いだろうか」

(他国にも同士がいるのか、通信機器は利用しない筈だが…伝達方法は他にある。本当に読めない組織ではあったが、もう遅い。次の一手は決まっている)

天空より『槍』が起動する、先の騒乱がフラッシュバックし、23本の槍がサクソニアを中心に降り注ぎ、混沌を貫く。ソニアの戦車『独脚蜂』がこれを迎撃する。『独脚蜂』は重量を調節することで様々な戦術を可能とする移動砲台である。強力なハッキング能力があるため、Tも手を出せずにいた。

「12機…過半数を稼働させるとは…国の大事であれば出し惜しみすることもないが。それでも、迅速な対応と賞賛せざるを得ない。果たして何を想定しているのか…」対して、Tは7機の『鳥籠』、2機の戦車、17機の戦闘機、数多のドローンを制御している。各地で激しい攻防が続く、主力は『鳥籠』だが、戦闘機や戦車も連携しなければ撃ち落とされる確率が上がる。操作や補助の大半を5号機に任せており、T自身はただその時が訪れるのを待っていた。

(やはり、時間との勝負。40分以上は持たないだろう、それが敗北の条件となる)

「対象など選ばせない、一時代というのは昔からそう出来ている」Tは2機の『鳥籠』と共にサクソニアの第二首都に降りたった。

(この地下に軍事基地が存在するが、風穴を開けるのが早い…但し、想定していた以上の人が死ぬ)Tは耀のノイズに撃たれた数時間前のことを思い出す。

(一度は振り切ったとしても容易く追いつかれる。或いは、ジャケットの青年が一時的に記憶から消しただけだったのかも知れない…)


Tは合理化できずにただ震えていた。

(逡巡しないためにAIのサポートがあるのではなかったのか…沈黙する理由が見つからない)

そして、『根』の少年Uは最初からその場に立っていた。

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