第11話 火点

「ん?俺のターゲットはお前だけか。お前を見ても場違いという感想しか出て来ないが…どうやら間違いはないようだ」遠くで崩落する建物、砲撃音の反響、基地の南門付近にて、Tはカテドラルのカーラと接触した。


「カテドラルに用はない」開口一番と同時、Tが予備動作なく放った弾丸がカーラの頭を掠めていった。そして、避けた先に2発目が刺さる。突き出した腕に被弾したが、傷口が閉じるように肉体の変質が見える…どうやら、この程度では大した怪我とはならないようだ。恐らく、彼の体内には生物兵器が共生しているのだろう。レーダに対しても個々が反応するため、データベースとの照合が取れずエラーを吐き出す。

「強化人間と変わらないのであれば、つまらない存在でしかない。可哀想に…」Tは溜息混じりにそう吐き出した。

「あぁ?何か言ったか?お前のような殺戮者がこの国で生きていて良い訳がないだろ。もう後のことなど忘れた…この場で死ね」カーラは武器を持たないため、距離を詰める以外の選択肢がない。怒りと共に人ならざる脚力をもって地を蹴った。それに対し、Tが動く気配すら見せなかったのは既に終えていたからだった。カーラの後方にミサイルか着弾し、爆風に巻き込まれた。先程と比較し、今度はダメージを負ったが絶命はしていないようだ。

「反応が鈍い。やはり、鋭利な反応も生体に対するものだけか…もはや死なないだけの人間に何ができるのか…」Tが憐れむように投げた言葉も鼓膜をやられたのか、カーラには聞こえていない様子だった。まだ脚は無事らしく、もはや突撃以外の選択肢は存在しない。但し、『鳥籠』による狙撃には対応できず、何発もの弾丸が身体を貫いた。

「こんなんでやられて堪るか…お前だけは絶対に許さねぇ」既に血塗れとなったカーラだが、その険しい表情を崩すことはない。

(彼は何に対して怒っているのか…確かに、多くの命を奪いはしたが、これは戦争なのだから、それ以外の理由は必要ない)Tはやはりカーラのような存在を憐れむ。先の台詞も焚きつけるための発言ではあったが、同時に本心でもあった。

「進展もなく、只管危機感が足りない理由は何だろうか…」Tは照準を頭部へと変えた、先刻までは単に生物兵器と戯れていたに過ぎない。弾丸が頭部を貫き、声が途絶え、瞳の色を失う、瞬間、仰ぎ見た空は何処までも広く白い。カーラは膝から崩れ、そのままうつ伏せの状態で倒れた。

「何故、前に倒れた…あれは意図的な動きだった」Tは瞬時にレーダを照射した。「やはり、生命活動を終えていない」Tは距離を取るように後方に跳ねた。カーラの胴体のみが牛のように膨れ上がり、左胸辺りが破裂し、肉と血液が舞った。悲痛な叫びのようにも聞こえる鬨の声、彼に残存する意志は闘争そのものであった。身体の一部が欠損しても膂力や脚力は衰えない、肉が硬化し関節のように機能しているのか、四肢を使い、人型の倍以上の勢いでTに迫る。

「面白い…これがカテドラルの本質だろうか。相変わらず、何の知性も感じられないが…」Tは脚の装置を起動し跳ねた、カーラの疾駆、疾さと重力の交錯に地雷を合わせたが大したダメージは与えられない。Tが保持している外装以外の兵器は、基本的に調達したものであった。つまり、対象を殺めるためではなく、重症を負わせることを軸としている。弾丸であれば対象を貫通し、一部のエネルギーを散らしてしまう。Tにはそれなりの運用が可能ではあったが、現状ではカーラと一定の距離を保ちながら『鳥籠』で四肢を中心に狙撃を続けた。

(レーダの結果だけでは不明瞭だが、恐らくは多数の原核生物がベースとなっている。残存の対人兵器だけでは決め手に欠ける、骨を砕けば流石に動きは止まるが、肉片を散らすだけで殺すことは難しいようだ。また、それ以外にも何かあるようだ。例えば、薄い膜のようなものが一定の斥力を撒いている、現時点での分析はできないが、未知の技術が使われていることは間違いない。毒か放射線を試したいところだが…ここで遊んでいる時間はない…既に情報は手に入れたのだから)Tはジェットを起動し空へ離脱した。『鳥籠』2機についてはステルスモードへ移行し、次点での侵攻ルートを計算した。四肢を破壊され回復を待つカーラを一瞥、独特の雄叫びもここまでは届かない。

(彼は斥候ではない。つまり、偵察の能力が先刻のものであれば厄介なことではある。あの牛が障害となることはないが、本隊もまた未知数。もう少しデータが欲しいところ。しかし、国外まで追ってくるだろうか…カテドラルとしては無いと思うが、あの青年は読めない。但し、任務を放棄したのがどの時点であったのか、本隊への連絡まではあったのだろう。合流まではバグで追えばいい)


「クソが…あの殺戮者め…俺じゃ捕らえられないのか…必ず殺してやる、正面からは無理でも暗殺なら可能だ…」カーラは主要な骨を砕かれ、満身創痍で地に伏せている。痛みのすべてを闘争心へと変換しているが、激痛に変わりはない。共生生物も数多の攻撃を受け、静かに怒りを落としながら学習を続けていた。


「カーラ、一体何をしている。任務はどうした」銀灰色のコートを纏った男が声を掛ける。基地内はまだ騒然としていたが、『鳥籠』が去った今では退避や救助が中心となっていた。一部の戦車がオートで砲撃を繰り返しているが、破壊されるのも時間の問題だろう。Tの補助ありきの戦果だったため、脅威は去ったと言い換えられる。

「くぅ…バルドランド…すいません、俺では奴を捕らえられませんでした…」カーラの身体が元に戻ろうと縮小し始めた。ボロボロになった身体を心配することもなくバルドランドは続けた。

「対象は?」

「飛んで逃げました…身体が戻り次第追跡します」Tの姿が脳裏に焼きついている。殺意が、いつでもぶり返せるよう煮えている。

「いや、お前は脳をやられているだろう。そのまま本部へ戻れ」

「分かりました…」カーラは力無く返事をした。先刻までは怒りに支配されていたが、バルドランドが側にいることで身体や思考に制限が掛かるようだ。

「どうやら対象は手に余るようだ。但し、これで報告はできる。問題はより大きくなってしまったが…程度は無関係だ」バルドランドは基地内を見回し、小さく溜息をついた。「急襲した理由は不明だが、恐らくは『根』のプロジェクト絡みだろうか。地下から不思議な感覚が伝わる。この国に甚大な被害を与えたからには償ってもらうが…」バルドランドは拳を強く握り締めた。そして、対象がこの国から離れたことで、自身に取り得る手段を再考した。(カテドラルに何ができる?カーラ・シーラの行動にも一定の理解はできるというものだ。立場上、認める訳にはいかないが…)

「カーラ、ぼちぼち動けるか?」バルドランドはカーラの容態を確認した。改めて基地内を見回したが、この惨状がたった一人にやられたこととは到底思えなかった。「南門に車を置いてある、自由に使え」

「バルドランドは?」カーラは恐縮しながら聞いた。

「走った方が早い」バルドランドは冗談混じりに答えた。「それより、いくつか気になる点がある。確認を終えてから戻るとしよう。その後は本部で合流する流れとなる、分かったか?」そう言い残してバルドランドは基地の北へ向かった。(対象は間もなくこの国を離れるだろう、俺が追うべきだろうか。感情を除けば、カテドラルにとってデメリットにしかならない…そして、その後の選択に左右されず、望まぬ結果となるのは確かだ。そこまでの道筋は見えた…奴がそれだけ危険な存在ということだ。あれは人ではない。今更、この命を惜しいとは思わないが、理由はそれ以外に存在するということだ。追跡はするが、今ではない。他に適任がいれば…ああ、あいつがいたか。唯一の問題は、非常に頼みづらいということだが…)

「俺には救助を手伝えない、せめて連絡だけは取っておこう」バルドランドは破壊した戦車の傍らで、俯いたまま暫くの間思案していた。

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