第10話 侵寇

「これより侵攻を開始する」殺戮を前に無垢であること。それは、存在自体が兵器であることを示していた。


場所はベタ西部、かつてはカルルクという国だった。そして、『根』のプロジェクトが発足した地でもあった。専用の軍事施設と研究所があったが、プロジェクトの凍結後は建物のみが残され、今はベタの陸軍基地として利用されている。Tの目的はそこに残されたスタンドアロンのコンピュータを探ることであった。何故、そのようなものが未だに残っているのか、恐らく、隠し部屋のような構造になっているものと推測する。理由はともかくとして、部屋が存在するのは確かであったため、Tがその場所へ辿り着けば造作も無く見つかるだろう。尤も、例の事故があったのはプロジェクト凍結後のため、求めている種類の情報が残っている可能性はないが、その他の情報、プロジェクトのメンバーや『根』が人工衛星に保管された経緯についての手掛かりがあるかも知れない。期待値は低いが、現時点で他に道はない。


Tは空から27機の槍を落とした。秒速20kmを超える槍を迎撃できる範囲は限られており、内5機は軌道を逸らされたが、それ故に最大幅の被害を与える結果となった。爆撃範囲はベタを中心に数国に跨がり、陽動が9割以上を占めた被害の規模は甚大という言葉一つに置き換えられた。

所謂、同時多発テロの形を採ったのは局所的な対応とさせないためだ。Tには一人で大国を相手にできるほどの性能はない、また、そうした自惚れの類も存在しない。ただデータのみに基づいた演算結果を吐き出すのみ。敵の敵も敵とするため、Tはあらゆる情報戦を従えては使嗾を続けてきた。天使でも悪魔でも時には同時に存在し、三度の偶然も続けば人は信ずるに値する価値観を掴む。また、この瞬間に於いてもそれは止まらない、世界中で燻り続けては侵食輪廻のように絶え間などなく、究極的には事象の地平面となるまで燃やしてしまえば良い。


爆撃を受けて狼狽えるばかりが能ではない。烽烟の民、この地に根差している武装組織の一つ、規模は小さいが保持している兵器の質が高いため危険視していた。彼等も理由があれば参加するだろう、しかし、それを与えないための小細工は終えている。逆に言えば、その程度のことで戦闘は回避できると言うことだ。但し、カテドラルは違う。必ず戦場で鉢合わせる、その類の確率を操作できる組織であった。つまり、カテドラルとの戦闘に於いては十分に対策を練っているということでもある。Tは潜伏期間のほとんどを敵戦力の分析に費やした、想定内の成果は得られないが尻尾は掴んだ。何故、カテドラルを解体しなかったのか…その理由がそのまま解となる。


「さて、何人の命が失われたのか…後戻りはできないのだから、悲しむ必要もない」憂うくらいのゆとりはあるということだ。境界線が揺らぐ感覚と共に眠っていたAIの1機が起動した、戦時への移行もTにとっては日常と変わらない。

「ここが私の在るべき場所で、その他は来たるべき存在に過ぎない」敵の正体が分からないのであれば、望むすべてを敵とすれば良い。蝶が舞うように、造作無い開戦の合図に世界の色が明確に変わった、空に声と色が反映されていく、より高く、より遠く、原則に沿うべく忠実に塗り潰されていく…情報量の増加に伴い5機のAIが負荷を高める。予備電源と呼ばれる特殊回路へアクセス、3機の『鳥籠』を中空位へと浮かべ、13機の戦車を各陽動地点へと走らせる。更に20倍以上の被害を計上し、目標地点へと降り立ち、スタンドアロンのコンピュータを目指す。


基地内には数百人の兵士や科学者がいたが、大規模な軍事演習の最中を槍が貫いた。瞬間、7割の人が消し飛んだ。緩やかに壊滅状態へと移行していく。現在は、1機の『鳥籠』と数台の戦車に感けており、Tには次の一手を切るタイミングを計測する余裕があった。人はいとも容易く死に続けた。『鳥籠』の機能の一つ、自動狙撃は極めて精密な射撃が可能であるが、Tの補助を受け、更に性能が上がっている。圏内に入った次の瞬間には狙撃されている。もはや何処にも向かえはしない、装備なくして突破するには更に屍を献上すれば良い。


Tは目標の建物、旧研究所へ侵入すると、上半身のみ壁に凭れた状態で自分の足元だけを眺めている人を視界に引っ掛けた。槍の射程圏内、半壊の建物と同様…もはや時間を数えるだけの存在、障害にはなり得ないが銃を弾いた。カン、と壁に突き刺さる音が響いた。彼も軍人だろうから、真面目に死ねば良い。次に視界に入ったのは3人組で、銃を構えて移動していた。出会い頭に針状の爆弾を飛ばし、3人の中心で爆ぜる。衝撃波で身体を内部から破壊し、やはり絶命した。彼らの目には何が映ったのだろうか、握った銃が鳴ることはなかった。生命活動の停止を確認し、周囲を見回した。設計図と照合し、該当箇所を避けて槍を落とす、陽動のためと計3機が機動し、空に亀裂が入る。基地内の残ったレーダが捕捉し、迎撃用のシステムが作動したが、『鳥籠』に阻まれ、着弾が決定した。警報が鳴り響く、基地内は依然として混乱状態にあり、避難に走る者と二分した。

Tは障害があるとしたらここから先の局面であると、シミュレーション結果との照合、及び、流動した兵器の再構築を行った。


Tは地下へと進む。カテドラルを警戒しつつ、バグを放った。再度、設計図と照合し、破壊が齎した変形を計上し、目的の部屋を探す。地上のセンサーに反応があり、小範囲に毒を散布する、2人が絶命した。ガス用の装備を整えるのに5分…もはや煩わしいとも思えない。

該当機の所在を確認、人が立ち入れる構造にはなっていないが、そこには100本以上のケーブルが配線されていた。(これはニューロコンピュータだろうか…『根』のネットワークを応用したテスト機であれば、いくつかの課題をクリアしたことの証左でもある。思わぬ収穫があった)

Tは基地内の電源を落とした。予備電源に切り替わるのに19秒、その間にバグを数機放つ、コンピュータへの接続、及び、ケーブルへの接合を確認。該当機への供給は途絶えているためバグから電気を供給、ケーブルの先には『根』の本体に接続されていた筈だが、代替品でも足りるようだ。計3本のケーブルから目的のデータを抽出する。先刻よりジャミング装置が起動しているが、Tにとっては障害とならない。単に凍の国の技術が高いというだけであり、敵方に国そのものを相手にしているという認識がない以上、戦果に計上するのも憚られるというものだ。作業工程のすべてを完了し、旧研究所より出た。道中、Tの体に情報が突き刺さる。死にゆく者より生き残った者の方が何倍も情報量を持つ、一つ一つを分かってしまうことは雨に撃たれるよりも冷たく、文字列として処理されずに乱雑な感情として並べられていく。冷えきった体に熱など必要なかった。Tの傍らには強大なネットワークが存在し、認識し得ない声なき声は嵐のように凶暴で、陽だまりのような熱量を持っていた。それを目の当たりにしたTは、既に自分も死にゆくモノであると再認識をした。

「児戯ならば…痛みなど不要だった」Tはそう言って最後の槍を起動させた。予め槍にタイマーを掛けていただけだが、それはデータ抽出完了と同時刻に射出された。軍部の動きは予測通りで、ターゲットは変えない。但し、頭上に災害が降りてきても果たして同じだろうか。レーダーが補足すると同時に警報が鳴り、命令が走る。ここも予測通りで、撤退も早かった。槍が私の圏内に入った時、その軌道を修正する。命令がどこから発せられたのか、三度も補足すれば間違いはない。槍は轟音と共に司令部に突き刺さり、衝撃と錯綜の中、Tを捉えるものは既に何一つ残っていなかった。そう、カテドラルを除いて。

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