第8話 狼燧

ベタ中央政府、通信局の一室。

「クルグ、先の騒動の件だが、他に報告事項はあるか?」室長は手元の資料に目を通しながらつまらなそうに尋ねた。

「いえ、エブラのパイロットは二人とも死亡、機体の回収も簡単ではありませんので、あと三日お待ち下さい。但し、そこに情報が残されている可能性は低いです」クルグは簡単に報告を済ませた。

「つまり、陽動か…国内外で調査を進める必要がある、と。この件に関しては君に一任する。定時報告も不要とする、新たな情報が入った時にのみ知らせてくれればそれで良い」

「かしこまりました。では、カテドラルを使いますが、宜しいでしょうか」クルグは念のため許可を尋ねた、それが唯一の確認事項だったからだ。

「私は任せると言ったんだ。今は他にやる事がある…この世界は厄介事が絶えないな」室長はクルグに資料を戻すと、別の案件に取り掛かった。

「ありがとうございます」クルグは室長に一礼し、部屋を後にした。


「布石か、目眩ましか…」クルグは自室に戻ると、再度資料に目を通した。何れか、若しくは、その両方が目的であると考えていた。国境周辺の情報を集めたが、そこに手掛かりは残されていなかった。

「連携…情報に誤りがあるか。つまり、ハッキング…」侵入経路は無数にあるが、警備が薄い箇所を敢えて残してあった。監視カメラの映像では異常はなかったが、改竄された可能性もある。「ハッキングの痕跡がないか確認してみよう。リスクに見合わない行為には相違ないが…」クルグの読みとは裏腹に、Tはハッキングなど仕掛けていなかった。無論、導線についても確認していたが、それとは無関係に外装の性能のみでこれを突破している。正解は歯牙にも掛けないというものだった。ミサイルの意図は軍部の動きを探るためのもので、誰がどのように機能するのか、また、伴う所要時間やデータの流れを追っていた。つまり、ハッキングを調査する機関についても監視対象であり、クルグの行動も網に掛かったものの一つではあった。


「と言っても、ここまでは私の論理的思考の範疇だ…今回の相手が想定を上回ればそれまでだろう。私では非凡なものの相手は務まらない」クルグはすぐにカテドラルへ連絡し、案件の概要を話した。

「つまり、こちら側で自由に動いても構わないということですね」司教が確認する。

「その通りです。それは、今回の件に限ったことではありませんけど。但し、現状でお渡しできる情報はそれだけです」

「構いません。我々に必要なものは排除すべき敵だけですから」会話はそれだけで終わった。カテドラルは中央政府の管理下にある組織だが、正式な軍部ではなかった。元々は第三勢力の位置付けであったため、特殊な扱いとなっている。Tが欲していた情報の一つでもあった。紋章官、及び、紋章兵器の情報もこの組織内にあると検討を付けていた。それを探るべく一定の潜入期間を設けた。その理由の一つにカテドラルがオフラインの組織というものがあった。彼らは通信機器の類を利用しない。故に、手に入る情報も限られていた。


「カーラ、お前が行け」司教が指定した。昼下がりの聖堂内は人影もまばらで静寂に包まれていた。

「ミサイルを撃ち込んだやつね…そいつを探し出し、押さえればいいだけか?何で俺が動かなきゃならん…」カーラは不満を零しつつも、命については疑わない。この世界では、いつの時代もすべきことをやるだけ、カーラはそのように考えていた。「そいつ…いや、そいつら、か。何やら4、5人はいると思うが…俺に務まるかどうかは分からんな」

「いや、今回は対象を探るだけで良い。結果に応じた人員を再配置する」

「つまり、簡単じゃないってことだな…支度をしたらすぐに出るよ」カーラはやる気がなさそうな素振りで臨み、司教はそれを黙って見送った。


一方、Tの潜伏先は聖堂の隣であった。聖堂の敷地はそれなりに広いため、隣と言っても、建物間の距離は200メートル以上あった。

「対立構造を構築するまでは動けない」現状では、監視用バグの設置のみに留めている。但し、バグの設置だけでも僅かな動きの変化は確認できた。

(この動きは違和感に依るものだろうか…現時点でセンサーの条件を満たしているのは確か。嗅覚やバイオセンサ等の解はいくつか考えられる…しかし、確信には到底届かない。つまり、勘に頼るという表現が近い…)理想の構造が出来るまではやはり動かない方が良いとの結論に達した。

「全方位からの進撃を前にその正体を暴いてみよう」最初に音を上げるのは誰か、それは私以外の誰かである。ここはそういう世界だから、楽しめないなら消えればいい。この単純な仕組みが理解できなければ死に、理解した瞬間にもまた死が待っている。「狭間の逡巡を紡いだ先の光彩では遅い、生きるだけならば他に道はあった」Tは計器の振動を抑えながら溢した。そして、またミサイルが落ちた。

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