第5話 統覚

今は平時と言えなくもないが、いずれの国も情報を欲している。そのため僻地での下らない小競り合いが絶えない。当事者となるには今がその時ではないと考えており、第三者を煽動するのが常套手段となっている。便乗するには些か浅はかだろうか。Tとしては単純にそれ以外を破壊して炙り出してやれば良いが、全土を掌握するには火力が足りない。それは『根』を持ち出したところで同じ結果となるだろう…やはり、予定よりも広範囲に展開するのが早いだろうか、国境を跨ぐのであれば望んだ結果に近づくというもの」方向性が決まれば、再度シミュレーションを走らせれば良い。


Tは予め用意されていた部屋にいた。西の軍事施設の近く、目立たぬよう雑居ビルの一角を纏め、それなりに広い空間が出来ている。見かけ上の入口からは接続されておらず、地下から入るため侵入といった表現の方が近い。B1は電気や通信回線等の幹線や上下水道等のインフラがあり、人が立ち入れるような造りとなっているため、更に地下B2からエレベーターを利用して入室する。また、軍事施設から専用回線を引いているため、レーダー等から得られる情報も流している。無論、許可を得ている訳ではなく、プロジェクトの一員が水面下に残したものの一つであった。と言っても、あくまで国内の施設であるため、敵対する必要もなく、また得られる情報には限りがあり、重宝されることもなかった。但し、回線自体は常時接続されているため、自動で情報の精査は行われている状態となっている。


Tには通常四機のAIが支配下にあるが、それぞれ担当分野が決まっている。名前などあってないようなものだが、名称は付いている。但し、タグにそう記されていただけという理由のため、名称かどうかは定かではない。そもそもコンピューターの名前に然程意味はなく、真偽も問題とはならないため、私がそう認識しているだけに過ぎないが。一号機はTN、担当は森羅。二号機はNI、担当は理想郷。三号機はWO、担当は真核生物。四号機はHA、担当は混淆。平時と戦時で稼働数も異なり、更に二機あることを確認しているが、現時点ではアクセスすらできないようになっている。恐らく、負荷の問題をクリアしていないため、先送りした結果なのだろう。それ以外の理由はないと断言したのは、他に思い当たる節もないからだった。通常、情報の伝達は文字を使って行われるが、それは地図のような特殊な文字で、一字に情報の最初から最後までが集約されている。一目で理解できるように作り上げたものだった。効率を只管上げるために、消去法で得た手法でもあった。圧縮と解凍に時間差はないため三千文字程度の情報であれば1秒未満で認識ができるようになっている。


「これくらいの準備があったとしても間違いではないのだけれど…過大評価の裏返しでなければ懈怠、若しくは、烏滸がましいとでも考えていたのだろうか。私にミスなどあり得ないのに。憂いをなくすべく、せめて国内の火器くらいは備えておけばよろしい。ひょっとして砂場用のバンカーバスターでも開発していたのだろうか、時の流れが無情であれば、三日月にでも取り残された方がまだ救いがあっただろう。どう転んだところで、それは喜劇にしかならない」


「"ベタ"への侵攻には何より時間が限られる。大国で保有している兵器も全貌は手に入らない。現状、"紋章官"さえ分からない」紋章官は、レベル5に属する情報のため入手何度も極めて高い。身分を隠し生活をしており、データは記憶の中にしか残さない。「リアルタイム演算は望むところではあるけれど、いかに攪拌できるのかが鍵となる。やっていることは火事場泥棒と相違ないというところが可笑しいけれど」


「そもそも、自殺願望でもなければリストに名を連ねる必要はなかった。彼らは合理主義に於ける観測者の位置を測りたいだけなのか。この私に与えられた記憶に信憑性はないに等しいが、それでも外堀を埋めれば自ずと浮上するものもある。問題はどこまで掘ることができたのか、或いは可能だったのか…元々、水面下の組織に外部との干渉は務まらない。故に、この立場も存外に自由ではある。但し、存在する筈の枷が未だ認識できない。引き換えに得たものがそうである、と。現状ではそう決まっているのだろう」結局のところ、開戦を切っ掛けに全てが明るみに出るのだろう。歴史が語る戦時と云うものは、得てして白日の下に晒されるものだから。「過去の大戦で学ぶことが一つでもあったのだろうか、人は戦いの最中でこそ最も輝くように出来ている。兵器としての私が述べるのだから皮肉にしかならないけれど」


「捕捉された」衛星の一基が不自然に稼働し、『根』の周辺を探っている、ノイズが乗るため、その解像度が期待を上回ることはないけど…こうして、獲物が掛かるのを待ってはいたが、これは本命ではない。但し、ただ放っておくこともしない。適当に飼い慣らしておくことにした。

一つ気掛かりなのはあの少年の動きだが、現時点ではネットにも掛からない、つまり、『根』から離れてはいないということだ。あの時と変わらず、今もフリーズしているのかも知れない。あそこは手の届かない領域であるから、確認するには直接出向くしかないが、もはや私にその時間は残っていない。稼働時間がそのまま命であるから、生に対する希望もないが…未達に終わることを考えもしない。「先の連中だけど、情報戦では私に勝てない」期待もないが、探ってみたところ、辺境の国で衛星のサルベージを行っていたらしい。時代錯誤も甚だしいが、目的ははっきりした。やはり、そう簡単に釣れたら面白くはない。


「開幕に必要なものも後は鳥籠のみ。槍とミサイルは既に入手した」鳥籠は、中空に浮かぶ砲台のような兵器だが、汎用性が高いため重宝する。槍は宇宙空間から射出するタイプのミサイルで地中貫通爆弾とクラスター爆弾の二種がある。爆弾自体に質量を持たせているのが特徴で、この点がその他のミサイルとは区別される理由となっている。Tにとってはハンドガンで戦闘機を撃ち落とすことも容易だが、同時にはできない。「対空の要として、中空での迎撃、及び、陽動のために鳥籠が数機は欲しいところ。手に入れるのは容易ではないが、シフトの際に奪取すれば良い」いくつかのプランを比較したが、いずれのプランでも変数を与える必要があった。つまり、現状では手が届かない位置に在るということだ。


全ての思考が並列で処理されていく。人には到達し得ない領域から眺める景色というものは、褪せる一方で決して戻りはしないようにできていた。

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