第36話  信用する!

 妖精達を追いかけ回していた男達は、ヴィーの手によりあっけなく壊滅させられた。

 決してこの男達の戦闘力が低かったわけでは無い。

 またこんな森の奥深くだとはいえ、妖精狩りが即時処刑が執行される程の重罪だと誰もが知る、オーゼン王国の国内である。

 多少の気の弛みはあったかもしれないが、それでもこの仕事をしている間は周囲に気を配り、また襲撃にも備えていた。

 なのに、たった一人の少年の前では、彼等は無力であった。

 大人数で得物を持って取り囲みはしたものの、誰も少年にかすり傷一つ付ける事は叶わなかったのである。


 そんな少年は、相棒である虹色に輝く羽を持つ妖精の元へと向かった。

 互いに声も届かぬ距離に居ようとも、考えている事を伝え合う事が出来る2人にとって、どんなに入り組んだ森の中であろうとも待ち合わせに不自由するはずも無く、間もなく2人はとある大樹の根元で落ち合った。


「待たせたな、エル。…そっちの2人か?」

『うん、そう!』

 互いに言葉少ないヴィーとエルではあるが、2人にはそれで十分である。

 別に2人は阿吽の呼吸…というわけでは無く、単に念話で状況を伝え合っていただけの事である。

 だが、エルに保護された2人の傷ついた妖精達は違う。

 無論、この場において妖精女王の騎士である少年と落ち合うのだから、きちんとエルは2人にヴィーという少年に関しての説明は行いっている。

 だが、やはり今まで人種に追いかけ回され傷つけられた2人の妖精には、目の前に現れた人種の少年は理屈とか道理を抜きにしても怖いものは怖い。

 ヴィーの登場に際して、思わずエルの背に隠れてしまうのも仕方がない事だろう。

「お嬢さん方、驚かせて申し訳ない。僕は我が母である妖精女王の騎士をしております、ヴィーと申します。我が母の命により、お2人を保護させて頂きたいと思います」

 そう言って、エルの背に隠れた妖精達を怖がらせない様、少し離れた場所で膝を付いて優しく声を掛けるヴィー。

 そんなヴィーの言葉をエルも無駄に遮ることなく、最後まで話を聞いた後、背に隠れた2人の妖精にやさしく微笑んだ。

 エルの背からそっと顔を出した妖精達の視線が、柔らかい笑みを浮かべたヴィーとエルの顔を何度となく往復した後、

『助けてくれて…あ、あのぉ…』『あ、ありがとう…』

 小さく震える声で、そう他紙けてくれた事への感謝の言葉を口にした。


 その後しばらくの間、2人を怖がらせないようにヴィーは優しく言葉を掛け続け、どうにか2人の信を得るに至った。

『そ、それで…私達を追いかけて来た男達は…』

 妖精の片方が、辺りを視線だけで見まわしながらヴィーに訊ねる。

「ああ、1人を残して殺しました。残した男も、まあ…当分動く事は出来ないでしょう」

 散々この妖精達を追いかけ回し苦しめた男達を、どう見ても体格の劣る優しそうな少年一人が倒したと言う。

 一瞬だが信じられないと思った妖精ではあるが、

『ま、ヴィーなら余裕だよね。だって、妖精騎士で私のマスターなんだから!』

 あえて明るく振る舞っているのか、それとも元々の性格だからなのかは分からないが、エルがに平然とそう言った。

『そ、それなら…もう大丈…夫?』

 先とは別の妖精がヴィーに向かって確認の意味も込めてそう訊ねると、

「無論、大丈夫です。お2人が無事で話が出来る様なら…全員処分しても良かったかな」

 どうやらヴィーは話を聞くためだけに、男を生かしておいたらしい。

 だが、この保護した妖精2人が詳しい事情を説明できるようであれば、男の生死などヴィーに取ってはどうでもいい事。

『もう、そんな男はほっといて、妖精の村にいこ? 2人も怪我してるし、お薬塗らなきゃ!』

 エルも、生かしておいた男の事などよりも、妖精達の怪我の方が心配な様だ。

 つまりは、男達の死体も生かされた男も、この森の中の奥深くに放置される事が決定したのだった。

「そうだな…。今から全力で戻れば、日が沈む前には着くかな」

 エルの言う様に、緊急性が高いとは言わないが、確かに傷ついた妖精達の処置は必要だ。

 その為にも妖精の村に戻る必要がある。

『あのね、ヴィー。2人は怪我のせいで長い時間飛べないの。だから連れてってくれない?』

「なるほど…。では、2人共僕の服のポケットにでも入っていただけますか? 少々、飛ばしますので」

 エルの言葉を受けたヴェーが、怪我を負った妖精達にそう声を掛けると、

『えっと…信用していいんですよね?』『私は信用する!』

 まだ1人は少し警戒気味ではあるが、もう1人の妖精はそう言うや否や、ヴィーの足元までテクテクと歩いた。

『あ! も、もう…私だって信用するわよ!』

 その姿を見たもう1人の妖精も、慌ててヴィーの元へ小走りで駆け寄るのだった。

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