第37話  苦鳴

 森の深奥で妖精達を保護したヴィーとエルは、治療と静養の為にも同族が住まう村へと連れて行く事にした。

 もちろん、これは事前にヴィーとエルで決めていた事だ。

 妖精を保護するのに最も適しているのは妖精の村であるのは間違いない事だし、もしもけがをしていた場合、人種では非常に難しいその治療も難しいのだが村では難しい事ではないからだ。

 妖精の村へと続くトンネルの出口は、年中花が咲き誇る花園の中にある。

 その一つ一つが貴重な薬の材料であり、その材料を使用して出来る薬は、もはや伝説の中にしか存在しない様な薬なので、下世話な話ではあるが、花の一株とはいえその市場での取引額など山と積み上げ金貨が必要な程である。

 とは言え、ヴェーがこの花を外部に持ち出して金に換える等という様な事は、絶対にしない。

 いくらヴィーが生活に困る事が有ろうとも、妖精達が精魂込めて育てている花を売ったりするはずも無い。

 実際に生活に窮する事など、ヴィーにはあり得ない事なのだが…。


 それはさておき、保護した妖精達は傷ついていた。

 なので、妖精の村で作られている薬がこの2人には必要だろう。

 今はヴィーの胸ポケットで大人しくしていてくれてはいるが、やはり同族…それも女王から説明を受けるまでは、人種であるヴィーに本当の意味で心を開いてはくれないだろう。

 なのでいち早く妖精の村へと到着し、治療と女王との面会が絶対に必要であると判断したヴィーは、普段より数割増しの速度で地を蹴り、樹々の枝の上を飛び、ただ真っすぐに妖精の村を目指した。

 エルはその頭上を虹色の光跡を曳きながら、周囲を警戒しつつ飛ぶ。


 やがて白い幹の木々の生い茂る死の森へと辿り着いたヴィーは、その森の主である樹木の精霊へと、傷ついたはぐれ妖精を保護した事を告げ、急ぎ村へと向かいたい旨を願った。

 傍にエルが居た事や、ヴィーの胸ポケットから顔を出している妖精達を見た樹木の精霊達は、無駄話などせずに、ただ妖精の村へのを開けて迎え入れた。

 普段とは違う優しい面を見せる樹木の精霊に頭を下げたヴィーは、また力強く地を蹴り疾走を再開した。

 一刻も早く妖精の村へとたどり着くため、妖精達を一刻も早く安心させるため、ただその為だけに。

 ヴィーが疾走すしたあとには、普段ではあり得ない事だが、小さく風が渦巻いていた。


 そして到着した、妖精の花園の中心にぽっかり空いた、妖精の村へと続くトンネルの入り口。

 先の森の中での戦闘から、まだそれほど時間は経っていない。

 きっとこれは過去最速だろうな…などとヴィーが考えながらそのトンネルの中へと飛び込んだ。


 この頃には、すでに2人の妖精達は、もうヴィーを疑ってなどおらず、むしろその言葉の全てを信じ始めていた。

 妖精である自分達よりも早く疾走し、死の森の樹木の精霊達もその行く手を遮ることなく、そして自分達にとっても貴重な花々が咲き誇る花園の花々を踏み潰さぬ様に気を付けつけつつ歩く姿を見て、疑う余地などないと悟ったのだ。

 真っ黒な穴に向かって、共に進んで来た妖精と共に飛び込んだ時は、さすがに小さく悲鳴をあげはしたものの、それもトンネル内を照らす虹色の羽を持つ妖精のおかげで、落ち着きを取り戻す事が出来た。


 誰もが口を閉じただただ無言でトンネルを進んで行くと、やがて前方に明るい光が見えた。 

 その光こそトンネルの終わりであり、目指す妖精の村へと続く出口である。

 少しだけ保護した妖精達は心躍るのを感じ、虹色の羽の妖精はやれやれとため息を付き、妖精女王の騎士を名乗る少年は…なぜかかなり疲れ切った表情をしていた。

 胸ポケットからその少年の顔を見上げた妖精達は、自分達の為にそんな疲れる程に走ってくれたのかと感謝の言葉を掛けようとした時、その顔の本当の意味が…いや、原因が分かった。

 いや、もの凄い勢いで飛び込んで来た。


『それでぇ~、ヴィー君はぁ~、この最愛のお母さんの顔がぁ~、見たかったのかなぁ~?』

 妖精の村へと帰って来たヴィー達へ向けた妖精女王の第一声が、この超ウザい言葉と抱擁だった。

「がはっ!」『『ぐぇ!』』

 あまりにも強烈な妖精女王の抱擁に肺の中の息を一気に吐き出し、同様に胸ポケットの妖精達も妖精女王のあまり豊かでない胸に押し潰されて苦鳴をあげた。

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