第30話 お仕事モード
ヴィーとエルは、結局もう一泊してから戻る事にした。
はぐれ妖精の事も確かに心配なのだが、妖精女王のご機嫌の傾き具合が、村の結界にまで影響しそうなほどに、斜めになっていたからである。
つまりは、妖精女王のご機嫌取りのための、余分な一泊というわけだ。
人の村で生活するためにヴィーが村を旅立ったのは、もう1年と半分ほど前の事。
ヴィーが人の村に住居を構え、妖精の村から持ってきた通信の法具を設置し、最初の通信出来るまで様になるまでの7日間ほどは、妖精女王のご機嫌はとても斜めに傾ていた。
ずっと家に引きこもりグズグズ泣き、『ヴィー君お母さんの事嫌いになっちゃったのかな~? 何で通信してくれないのかな~? もう会えないのかな~? はっ、まさか悪い女にひっかかったんじゃ? そんなのだめ~よ~!』
グズグズジタバタジタと家の中を転がりまわる女王の妖力は、他の妖精達から見てもグラグラ揺れていた。
その結果、そのグラグラよるれる女王の妖力が、生命の樹によって維持されていた天井の結界をもグラグラと揺らしまくった。
おかげで村の果樹園の木の天辺を押し潰すまで天井が低く下がってしまい村中が大騒ぎになったという話を、時折村に戻るエルが他の妖精達から聞き、ヴィーに伝えていた。
通信では女王は一切そんな事は口には出さなかったが、あのまま女王の機嫌がばたりと倒れていたら、この村も湖の底に沈んでしまっていたかと思うと、かなり怖い物が有る。
ちなみに、ヴィーから妖精女王への最初の通信があった瞬間に、村の結界の高さは今までの倍ほど高くなったらしい。
『村の安全のために、時間の許す限り、女王に声を聞かせてほしい。ほんの一言でいいから!』
と、事の顛末とともに妖精達からエルを通じヴィーへとなされたお願いは、多分まぁだいたい守られていると思う。
何故なら、まだ妖精の村が存在しているのだから。
さて、追加で一泊する事となったヴィーとエルだが、当然何事も無く済むはずもなかった。
昨夜とは打って変わり、今夜はこっそりではなく、ヴィーの部屋の入り口で堂々と両手を腰にあてて女王は仁王立ちし、
『さあ、今夜は大好きなお母さんと一緒に寝ましょう!』
村中に響きそうな声でそう宣言し、堂々とヴィーの横にぴったりとくっ付き、ムフフフフ…と、だらしない顔で愛しのヴィー君を全身で堪能している女王の姿は、決して他の妖精達に見せてはいけない顔だ。
ところで体の小さなエルなのだが、いくらヴィーの事が大好きだとは言え、普段は一緒には寝ない。
その理由は単純な事なのだが、もしもヴィーが寝返りをうったりすれば、押しつぶされてしまうからだ。
だが、今夜は女王がヴィーの体ををガッチリとホールドし固定てくれているので、ここぞとばかりにヴィーと一緒に寝ている。
なぜかエルはヴィーの顔の上にくっ付こうとするのだが、そんな事をされれば当然だが寝苦しくなる。
なので、エルに関しては寝入ったらヴィーにペリッと剥がされてポイッとされる。
そんなこんなで寝返りもろくに出来ない寝苦しい夜を越えたヴィーは、日の出と共に寝坊助2人を何とか起こした。
「また近いうちに戻るから」
そう村の妖精達に声を掛けると、昨日のうちに準備していた荷物を背負い、花園へと続くトンネルへと向かった。
妖精達も赤子の頃から手塩にかけて育ててきたヴィーの事は大好きなので、別れの時は寂しく感じる。
だが、それよりもいつ女王の精神が不安定になり、村が湖の水のあつろくで押し潰されるのかとういう不安の方が大きい。
『絶対に帰って来て!』『連絡だけは絶対に忘れないように!』『お土産は甘いものがいい!』『村の存続ためにお願い!』
なので、口々にヴィーへと身振り手振りで、妖精達は全力で訴えた。
『まったねー!』
そんな心配事など欠片ほども気にしていないエルは、軽く手を振るだけだったが、ヴィーは苦笑いしていた。
出立の瞬間に女王が滂沱の涙を流して巻き起こした駄々っ子騒動はある意味予想通りであり、妖精達がなだめすかしている間に、ヴィーとエルは手を振り振りトンネルへと入って行った。
往路と同様、死の森をかけ抜けたヴィーが、いつもの森にたどり着いた時には、もうすっかりと陽は中天へと昇っていた。
家へと帰るには少しばかり早い時間だったので、ヴィー達は早速、先日捕縛した妖精狩り達がキャンプを張っていた場所を中心に周辺を調査する事にした。
もうすぐ問題のキャンプ地に着くかという所で、ヴィー達の耳に大勢の男達の怒声が聞こえた。
見渡した中で一番高い木の天辺へとい飛び上がったヴィーは、その幹に掴まって声のする方向を確かめる。
すると、何やら長い棒を持った男達の集団が遠目に見える。
先日の妖精狩り同様に、どう見ても普通の狩人ではない。
そう判断したヴィーは、さらに詳しく観察するために、掴んでいた幹から手を放してそのまま真っすぐ下に落ちた。
枝葉を揺らす事なくその隙間を縫って地面まで落ちたヴィーは、着地の音すら立てずにすくっと立つと、静かに茂みに姿を隠しながら、騒ぐ男達が見える場所まで移動した。
そして、立ち止まったヴィーの肩に、エルも静かに降り立った。
ヴィーの頭に掴まりながら肩に立ったエルは、その虹色の目を瞑って辺りの気配を伺う。
やがて目を開いたエルは、ヴィーの耳にささやいた。
『マスター。近くに弱いですが妖精の気配があります』
そう言って、周囲を睨むエルは、完全無欠のお仕事モードになっていた。
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