第23話 幼少期
軽く朝食を食べたヴィーは、結界に支えられた湖の水を通して若干柔らかくなった太陽の光を浴びながら、腰の高さ程しかない妖精達の家を壊さぬように、朝寝坊助な妖精を起こさぬように、そっと村の中心へと歩みを進めた。
◇
拾われて来たばかりの頃のヴィーは、良く笑う赤子だった。
妖精達が、ヴィーの目の前で何かするだけできゃっきゃと笑ってくれるので、皆が挙ってあやしに来てヴィーに集るので、草で編んだ揺り籠が壊れそうになるぐらいだった。
人種の赤子を育てるため、麦芽糖や酒の原料のために少量生産し倉庫に保管していた大麦を粥にして与えたり、その在庫を見た妖精が大慌てで畑を拡張したり、果実をすりおろして果汁をつくったりと、妖精一丸となってヴィーの食事作りをした。
妖精には元々集落全体で子供を育てるという習慣があったため、たかが体が大きいだけの子供一人ぐらい立派に育てて見せる! と、やたらと育児に入れ込んでいた。
ヴィーが男児だった事もあり、女性しかいない妖精族の面々が股間の物に興味深々で、お世話のついでにつついたり引っ張ったりしていたことは、妖精の村では最重要機密事項だったりする。
すくすくと育ち体も大きくなるにつれ、ヴィーは女王と自分がどうやらこの村では特異な存在である事に気付き始めた。
周囲の妖精達は子供の自分より小さく華奢だし、何より羽が生えて飛べるのだから、むしろ違いに気付かない方が問題だ。
ある日、母親の背中にも美しい小さな羽があるのを見つけたヴィーは、何とか自分の背中の羽を見ようと頑張ったが、桶の水に映した自分の背中には羽など無かった。
この時だけは、ヴィーが大粒の涙を流し声がかれるほどの大声で泣き叫ぶものだから、村の妖精全員で必死になって宥めたのも、今となっては皆のいい思い出かもしれない。
宥める時に妖精女王が、『ヴィー君は、お母さんと同じぐらい大きくなるのよ。だからもう少ししたら羽も生えてくるのよ』などと、いつか必ずばれるであろう嘘で宥めたものだから、真相をヴィーが知った時には怒ったヴィーに1週間ほど一言も口をきいてもらえず、毎日さめざめと女王が泣いたのは自業自得だと思う。
何にせよヴィーは、生まれ持った茶色がかった黒い瞳と髪を持つ、心根の優しい可愛らしい子供に育った。
妖精達は教育にも非常に熱心だった。
なにせ全員が長い年月を生きて来たのだから、それ相応の知識は持ち合わせている。
女王に到っては、いつかその多彩な呪術の技を教えるんだと、ヴィーの体が術に耐えられる大きさまで育つのを、日々待ち焦がれているほどであった。
文字の読み書き、四則演算、妖精種と他の種族の歴史、農業に医療の知識に、まだ見ぬ外の世界(妖精の花園までは行った事がある)の事や、待ってましたの女王の呪術と、盛りだくさんの内容の教育を幼少期から施した。
ヴィーはとても優秀で、何でもすぐに覚えてしまうのがいけなかったのか教育は度を超えて高度になり、村に来て8年が経つ頃にはもう学ぶことがほとんど無くなってしまっていた。
このまま人種の集まる国の貴族叙爵試験を受けても通るほどになったヴィーだが、これまで子供らしい遊びなどした事がなっかたという事実に、女王以下妖精全員が気付いた時には、すでに幼少期は終わろうとしていた。
ここ数十年妖精に子供が生まれなかったのがいけないんだと、なぜか全くもって無関係な生命の樹に責任転嫁していたのは、自分がヴィーを育てるんだと一番強く主張していた女王だった。
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