第9話 落ち着け!
ヴィーの頼み事である、ギルド支部長への密猟者(報告時点では妖精狩りとは言っていない)に関して、エルが報告をする。
内容はいたって簡単で、森の深部で密猟者を捕縛したので、衛士に引き取りに来て欲しいという事。
とは言っても、森に不慣れな衛士に場所を伝えた所で、そこまで辿り着く事は非常に困難だ。
なので、ヴィーは捕縛地点から最も近い街道にまで出て、衛士を待つ事にしたので、その点もしっかりとエルは説明をした。
そして、一通りの説明を終えたエルは、ギルドの建物を出ると、美しい虹色の光を纏いながら空高く舞い上がり、とんでもない速度で一直線に彼方へと飛翔した。
エルが向かった先…それは、遥か遠くにある、妖精達の住まう村だ。
◇
元々エルの住んでいた村は、ここオーゼン王国の南部に広がる森の奥深くにある。
そこはとある理由により、誰一人辿り着く事が出来ない森の最深部であり、そこにある美しい湖がエルの故郷である。
湖が故郷というのは少々語弊もあるのだが、完全に間違いと言う訳でも無い。
何故なら、その湖の底にこそ、妖精達の村があるのだから。
湖の畔には通年通して七色の花が咲き乱れる小高い丘の花園があり、その中心に妖精の村へと通ずるトンネルがる。
普段は妖精達の力によって隠されているため、そこを見つけるのは困難だ。
森の上空を虹色の光跡を曳きながら超高速で飛び切ったエルは、そのトンネルの入り口へと迷わず飛び込んだ。
この森の中をもしも歩いてこようとするならば、数日はかかるほどの距離を、エルは森の上空を飛ぶ事で、ほんの2刻ほどで飛び切る事が出来る。
エルが妖精種であるとはいえ、これは異常な速度である。
花園にある妖精の村に通ずるトンネルは、人種の成人男性がかろうじて立って歩ける程度の高さしか無い。
ましてや、その中には明かりなど全くない暗闇である。
しかしエルは迷う事も、どこかに頭や身体をぶつける事もなく、そのトンネルをただひたすらに目的地へと向かい飛び続けた。
さすがに空の上と同じ速度とはいかないが、それでも普通の妖精や鳥たちとは比較にならない速度である。
やがてトンネルの先がぼんやりと明るくなると、その明かりの中にエルは大声をあげながら飛び込んだ。
『ヴィーが女王様を呼んでるのー!』
◇
ドドドドドドド!!!!と土煙をあげながら、皆の視線を一身に集めながら妖精の村の中を美しい女性が疾走する。
爆走するその女性は、スカートの裾を両手でしっかと握ってはいるが、あまりの速度のため捲れ上がりっており、さすがにはしたないと言わざるを得ない。
しかもその顔は真っ赤で、見るからに興奮を抑えきれていない。
その女性とは誰あろう、妖精族の頂点である、妖精女王その人である。
みながその姿にため息をつきながら、さりとて事故は勘弁して欲しいと、ささっと左右に分かれる。
『エル! ヴィー君帰ってきたのー? ヴィー君どこどこどこー!』
妖精種の女王は人種に近い体格をしている。
この妖精の村ではもちろん一番大きい。
皆を普通に踏みつぶせる程の大きさの女王が爆走するのだから、皆が避難するのも当然の事である。
女王を探していたはずのエルですら、その勢いを目の当たりにして、顔を青ざめて避難した。
『あっれー? エルー? どこいったのー? ヴィー君はー? ちょっとエルー?』
妖精達の女王は、常は非常に優秀であり尊敬も出来る存在だと言うのは、全ての妖精達の共通認識だ。
ただ、ヴィーの事となると、途端に駄女王になってしまう。
いや、それ自体は仕方が無い事なのかもしれないのだが、妖精達はそんな女王の姿を見て、一斉にため息をつく。
これさえ無ければ…と。
◇
この妖精の村では、彼女と釣り合う大きさの妖精は存在しない。
彼女が生まれて300年ほどは、大勢の妖精達に囲まれているとはいえ、やはり同格の居ない寂しさを感じる時も多かった。
もちろん他種族に友と呼べる者も居るには居る。
この妖精の村がある湖の周辺の森は、妖精族を守ってくれるありがたい森ではあるが、その森のせいで簡単に会うことも叶わず、さりとてたまに顔を合わせても各々の種族の代表として会う事になってしまうので、どうしても本心から打ち解けて話が出来る程の親友とはなれなかった。
女王は300年もの間、めったに微笑みを崩さなかったが、心の中は灰色だった。
ある日、そんな女王の元に、虹の花園に人種と思われる赤子が置き去られていると知らせが入った。
最初は人種の何かの罠かとも思ったが、この地方では珍しいグリフィンが虹の花園から遠くに飛び去る姿を見たという情報から、どうやらグリフィンに連れ去られた人種の赤子が、餌にもされず何らかの理由でこの花園に放置されたのだろうと、妖精達の意見は一致した。
なので、ひとまずは妖精の村で保護をしようという事となり、妖精達が大勢で赤子を抱え上げて、トンネルをよいしょよいしょと妖精の村まで運び込んだ。
村に戻った妖精達が、この赤子の今後の処遇をさてどうしようか…と話し合っていると、女王がものすごい勢いで、
『ハイハイハイハイ! 私が育てます! 私が育てますー! 異論は認めません! もう決めました! ぜーったいに、そ・だ・て・ま・すー!!』
と、強権を発動したのである。
『だって可哀相じゃない! 私たちで助けてあげなきゃ死んじゃうんだよ!? ほら、ほっぺプニプニなんだよ!? だぁーって、うぅーって言ってるし! 私がお母さんになるからね! もう決めたからね!』
フンガフンガと鼻息荒い妖精達の女王は、赤子を抱き上げてクルクルと周りながら叫んだ。
長年の女王の心の内を理解している妖精達は、きっと女王は育てたいと言い出すに違いないとは思ってはいた。
が、それでもこんな威厳の欠片もない自分たちの代表たる女王を見た妖精達は、一言物申さずにはいられなかった。
『ちょっと落ち着け! この駄女王が!』
女王に抱かれた赤子は、ただキャッキャと笑っていた。
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